ルゥイの献身/お嬢様は気づかない
それは誘拐事件の後、邸に戻ってまだ日が浅い時の出来事だった。
日もとうに暮れ、外に暗闇が蔓延る時間。
清拭用の道具を持ったニフィーリアは自身の主人であるセルティスの部屋へと向かう。
室内に入りベッドの方に視線を向けると、少女が退屈そうにしているのが遠くからでも確認できてしまい、思わず苦笑する。
「お嬢様、清拭のお時間になりました。」
「ニフィーリアか、ご苦労さま。」
「身体を拭かせて頂きたいので少し身体を起こしてもらえますか?」
「うん、了解。」
セルティスが素直に頷いて身体を動かすが、その際に走った激痛に思わずうっと声が出てしまう。
「痛みますか?」
「少しね。」
事件の当事者だった三人は邸に運ばれた後も治療師による処置を受け続けていた。
そのおかげでルゥイとアニスは傷も塞がり、ある程度動けるようになるまで回復したが、何故かセルティスだけは今だに寝たきりの状態だった。
「治癒術式が効いていないんでしょうか……。」
「そんなことはないよ。 現に家に帰ってきた時より良くなっているしね。」
「ですが……。」
「治療の進みが遅れてるからって何も死ぬわけじゃないんだ。 そんなに暗い顔をしないで?」
心配そうな表情を浮かべているニフィーリアをセルティスが宥める。
「そう……ですね。」
自分よりも他人を気遣うセルティスの態度に苦笑する。
胸の内が晴れたというわけではないが、主人の気持ちは汲むべきだろうと表情を正したのだ。
だがこの後のセルティスの発言ですぐにその面持ちは崩れる。
「ほらほら早く、ニフィーリアがしてくれないとぼくの身体は汚れたままだよ?」
汗を気持ち悪がったセルティスが四苦八苦しながら服を捲り上げた。
その時、彼女自身も意識してない状況で漏れた嬌声に思わずニフィーリアの身体がビタっと止まる。
「どうしたのニフィーリア?」
「……?」
「ニフィーリア……?」
「いや、なんかーー。」
動かなくなったメイドを見て、セルティスがまたも不安気な表情を浮かべる。
だがニフィーリアはそんな主人の気も知らず、何故か真顔で突飛もないことを言い出した。
「今のお嬢様……ちょっとエロくないですか?」
「……へ?」
「いや、だってそんな挑発的なお声を出されたら誰だって勘違いしますって。 それに捲れた裾から見えるおヘソがなんとなくエッチというか……お嬢様? なぜそんなに怯えた表情で私を見ているのでしょうか? 待ってください何で呼び鈴を鳴らすんです?」
「どうされましたお嬢様?」
呼び鈴を聞いたミリアリアがすかさず駆けつける。
「すまないミリアリア、この変態をどっかに連れ出してくれないか? そこはかとなくだが貞操の危機を感じる……。」
「お嬢様っ!?」
毛布で身体を隠すようにしたセルティスがミリアリアにお願いする。
「ーーかしこまりました。」
「ミリー!?」
部屋に入った時点で色々と察していたミリアリアは躊躇なく行動を開始した。
「ご、誤解です! 少しお年頃のお嬢様とエッチな話題に花が咲いただけじゃないですか!?」
「七歳の女の子に猥談振る時点でアウトだって気づこうよお姉ちゃん……。」
妹は呆れながら喚いている姉の襟首を掴むと、そのままズルズルと引きずりながら退室していった。
◇
「ぼくの看病?」
セルティスが自室でぼーっとしていると、フルーヘイム公爵が訪ねてきた。
彼は見舞いも兼ねた花束をミリーに渡すとそんな事を提案してくる。
「ああ、セルティス嬢は街で俺に発破をかけてくれたり、娘を庇って助けてくれたりと色々恩があるからね。 君が治るまでお世話をさせてもらいたいんだ。」
ーー公爵が?
そう言われてセルティスは、自分が彼に付きっきりでお世話されている絵面を想像する。
「いや、遠慮しておくよ。 きみがエプロンをつけて甲斐甲斐しくお世話しているところを想像したら思った以上に気分が悪くなった。」
最悪だなと何故か被害者面をするセルティスに公爵も頬を引き攣らせる。
「何を勘違いしているか分からないがお世話するのは俺じゃないよ。」
そう言うと部屋の入口に身体を向けて手招きし始める。
すると扉の前から半分だけ顔を出していた少女がそれに気づき、トコトコとこちらに駆け寄ってきた。
「この子がどうしても君に恩返しがしたいと言っていてね。 ほら、ルゥイ。」
父親に促された少女は改めてセルティスと対面すると、恥ずかしそうに頬を染めるが上擦った声でなんとか言葉を紡ぎ始める。
「あの……ね。 お姉ちゃん、いっぱい助けてくれたから……今度は、ルゥイも助けてあげたいなって……。 だから……お怪我が治るまでお世話させてほしい……です。」
勇気を出したもののルゥイは内心、断られないかとびくびくしながら様子を伺っている。
その様を見てセルティスはふっと笑みを浮かべながら少女の提案を承諾する。
「ちょうど困っていたところなんだ。 お世話、お願い出来るかな?」
「……! うんっ……!」
セルティスがルゥイに触れ、そのホワイトブラウンの髪を優しく撫でてあげると、嬉しそうに頭を擦り付けてくる。
「それにしても良いのかい? ぼくのお世話なんてさせて。」
仮にも一公爵家の令嬢がというふうに尋ねると公爵は首を振る。
「ルゥイが自分で望んだことだからね。 娘のやりたいことは出来る限り尊重してあげたいんだ。」
「なるほどね。」
「それに、君のご両親にも許可は取ってあるよ。」
「えっ。」
「『娘を宜しくお願いします!』だってさ。」
絶対面白がって許可してるだろうと、両親がノリノリで快諾する所を想像してセルティスは溜息を吐いた。
「ミリアリア、この子に付いてフォローしてあげて。」
「かしこまりました。」
離れた所で待機していたミリアリアにルゥイのサポートをお願いする。
「さて、それじゃ今日からよろしくねルゥイ。」
「うんっ……!」
お世話を任せてもらえた嬉しさと、初めて名前を呼んでもらえた喜びで、ルゥイは自分でも驚くくらい元気よく返事を返した。
◇
提案の後ルゥイは言葉通り、セルティスのお世話に付きっきりで当たった。
邸に常備されていた子供用のメイド服に着換え、ミリアリアの仕事を手伝いながら随時教わっていたのである。
着換えや清拭時はセルティスがずぼらな為にその場で脱ぎ始め、その度にルゥイは顔を真っ赤にして慌てる羽目になった。
そして食事の時間、セルティスはスプーンを使って料理を口に運ぼうとしていた。
だが身体の痺れが抜けきっていないのか、指先を動かすなどの細かい動きが出来ない。
「ふむ……そろそろいける頃合いかと思ったが、駄目らしいな。」
「大丈夫……?」
その様子を見ていたルゥイが心配そうに声をかける。
「回復してきてはいるんだ。 けれど自分の手で食べるというのはまだ難しいらしい。」
そう言うとセルティスはルゥイに向けて口を開ける。
「……??」
「良ければ食べさせてくれないか?」
「……っ!」
ルゥイは突然のことにびっくりしたようで口をぱくぱくさせる。
「この通りぼくはまだ一人では動けないからね。 だめならミリアリアに頼もうと思うんだがーー。」
「だめっ……!」
セルティスの発言を聞いたルゥイは食い入るように顔を近づける。
「ルゥイがやるっ……!」
「そ、そうかい? じゃあお願いするよ。」
頷いたルゥイが代わりにスプーンを持ち、お皿から料理を掬ってふーふーと冷ます。
「あ、あーん……。」
小さい手のひらをちょこんと添えて口元まで運ぶ。
「うん、やはりこっちの方が食べやすくて良いね。」
セルティスが咀嚼を終えて満足気に頷くとルゥイも嬉しそうに頬を赤らめた。
◇
ルゥイにお世話されるようになってから数日後、セルティスは自分で動けるくらいにまで回復していた。
なのでそのお礼と、これ以上世話になるのは申し訳ないという旨を伝えたのだが、ルゥイは逆に最後までやり遂げたいと譲らなかった。
セルティスとしては正直お世話されるのが苦ではないし、本人が望むならその意思を尊重しようという結果になった。
現在ルゥイは昼食のお手伝いに行っている為、部屋はセルティスとニフィーリアの二人きりだった。
「ルゥイお嬢様すごい頑張っておられますね。」
「ああ、本当にね。」
「仕事の覚えも早いのですが、何よりあの小さいお身体で頑張っている姿が使用人達の間で大好評なんですよ? とっても可愛らしくて癒しになるんです〜!」
ニフィーリアが頬に手を当てて嬉しそうに語っている。
「メイド達みんなで言ってるんですけど、もうウチのお邸に来てくれないですかね?」
「いや、彼女も一応貴族の令嬢なんだが……。」
一貴族の、しかも同じ公爵家の令嬢をせっせと働かせてたら、あっちの領から猛抗議されるだろとセルティスは思った。
「だからもう一つ方法があるじゃないですか?」
「方法?」
「お嫁に来てもらえば良いんですよ!」
「……きみは何を言ってるんだ?」
セルティスは思わず呆れ顔になる。
「またまた〜知ってるんですよ? ルゥイ様とアニス様の為に治癒術式に何か細工してましたよね? それもお二方の異常な回復速度に反して、何故かお嬢様の治療が停滞する程の何かを。」
「ぐっ……!」
図星を突かれてセルティスは思わず動揺する。
実際彼女は二人が運び込まれた後、誰もいない時間帯を狙って自身の治癒代謝を貸与する術式を組み込んでいた。
そしてセルティスの自然治癒の速度が、普通の人間とは違うことをニフィーリアは知っている。
だからこそ彼女達が快復した時点で、セルティスだけがまともに動くことも出来ないのは不自然だと勘付いたのだ。
それにこの様子だと身体を動かす為に無理やり身体強化をしたせいで、さらに容態が悪化したことも気付いていそうだった。
「それにルゥイ様がお嬢様のお嫁さんになってくれれば、無茶ばかりするお嬢様を優しく労ってくれると思うんですよ。 そうすればお世話できるルゥイ様も嬉しい、仲睦まじい様子に癒やされて私達も元気になれる。 win-winじゃないですこれ?」
「あのね……。」
自分のメイドのぶっ飛んだ発言に思わず頭を抱える。
「公爵家の婚姻がそう簡単に決まるわけないだろう? 御家にとって有益なものでなければそもそも認められないだろうしね。 それにーー。」
「あの子にも意思というものがあるんだ。 好きでもない相手の家に来てほしいなんて冗談でも言ってはいけないよ?」
貴族間の婚姻話は慎重に行うべきものであり、下手な噂が流れると令嬢自身にケチがつく事態にもなりかねない。
それをニフィーリアに言い聞かせるようにセルティスは口を開いた。
だがーー。
「……は?」
話を聞いていたニフィーリアは納得するでもなく、逆に何言ってんのこいつ?という顔でセルティスを見る。
「え、ちょっと……マジで言ってます?」
「言葉遣いが崩れているよニフィーリア。 いったいどうしたんだ?」
「あのぉ……お嬢様?」
(そんなはずはない、いやでもまさか……あり得る、のか……?)
ニフィーリアは恐る恐る質問をなげる。
「お嬢様に限って知らないなんてことは無いと思うんですけど、ルゥイ様が何でここまでお嬢様のお世話をしたがるかお分かりになってます……?」
「ははっ、何を言うかと思えば。」
ニフィーリアは信じたい。
普段から何かと常識が無いと分かってはいても。
自分の主がそこまでアレではないと信じたい。
「ぼくを馬鹿にしているのかい? そんなの決まってるじゃないかーー。」
「……。」
「この前、力になってあげたお礼だろう? ぼくは別に大した事をしたつもりはないんだが……まあ、あの子は心根が優しいからね。 責任を感じてるんだろう。」
「…………はぁぁぁっ。」
「何だいニフィーリア、そんなあからさまに呆れたような顔をして。」
「……いえ、自分のおめでたい頭を殴ってやろうかと思っただけです。」
「それは止めておいた方がいい、ご両親から授かった大切な身体だ。 それに、何か悩みがあるなら気兼ねなく相談してくれないかい? ぼくときみの仲じゃないか。」
その悩みのタネがあなたなんですとは口が裂けても言えない。
自分の主の鈍感っぷりに辟易したニフィーリアは、おそらくこの後起こるであろう先の展開に頭を悩ませる。
そしてその予感が的中し再度頭を抱える羽目になったのは、この件からたった数日後のことであった。
※この世界は同性での結婚が認められています。 なんなら子供も出来ます。
もう一度言います子供も出来ま




