決めたからさ。
「……様、お嬢様っ!」
聞き覚えのある声に身体を揺さぶられて、私は促されるように眠りから目を覚ましました。
目蓋を開くと当のアニスの顔が視界いっぱいに広がっていて、私が起きたのを見るや目から大粒の涙を流し始めたのです。
「お嬢様っ! 良かった……。」
私の無事が分かると、アニスは目一杯の力でぎゅ〜っと抱きしめて来ました。
「お嬢様、先程まで何があったか覚えていますか?」
アニスが質問してきた内容の意味が分からなかった私は思わず辺りをきょろきょろと見渡しました。
ゴツゴツとした造りの冷たい床、明かりは蝋燭だけで自分の周りくらいしか見えません。
見覚えのない部屋にしばらく考えを巡らせているとふいに身体に痛みが走り、それと同時に私の頭の中でぽつぽつと記憶が蘇ってきたのです。
銀色の髪のお姉さんが私を助けてくれたこと。
街の広場でお話したこと。
通りからアニスとヘラが来て、無事に再会できたこと。
そしてお姉さんとお別れしたあとに急に大勢の男の人達が現れて、何か身体に電流が走るような痛みで気絶させられたこと。
そこまでを思い出して私の中で眠っていた不安と恐怖が一気に押し寄せてきました。
そして目の前の真っ暗な空間から何かが動く音がして、思わず悲鳴をあげそうになったのです。
「そこにいるのは誰ですかっ!?」
怯える私を庇うようにアニスが前に出ました、すると向こうにいる人が安堵するような雰囲気を見せています。
「やあ、また会ったね。」
そう言って私達の前に姿を見せたのは、先程別れたばかりのお姉さんでした。
◇
「驚いたよ。 後ろから昏倒させられて目覚めたら、何故かきみたちも居たんだから。」
「私もびっくりしました、まさかあなたも捕らえられていたとは……。」
壁の反対にいたのがお姉さんだと分かるとアニスは安心して私達の事情を話し始めました。
二人が話しているのを聞いていると、お姉さんも別れた後すぐに襲われたということが分かったのです。
「お嬢様やあなたが攫われたのを見ると幼い子供を対象とした誘拐でしょうか……?」
アニスがそう意見するとお姉さんは難しい顔になって「いや……。」とやんわり否定しました。
私達を交互に見てその場で考え込むと、なにか確信したような顔をするのです。
「もしかしたらーー。」
そうお姉さんが考えを口に出そうとするのと同時に扉が開く音が聞こえました。
そして現れた見覚えのある人物に、私とアニスはひどく驚いたのです。
「え……?」
「やはりきみかーー。」
お姉さんはもう気付いていたかのようにその人の名前を呼びました。
ーーヘラ。
そう呼ばれた私のメイドだった人はニィ……っと笑みを浮かべて私達を見下ろしました。
◇
「嫌あぁぁぁぁぁぁっ!!」
私の目の前で男の人達がアニスに乱暴を働こうとしています。 本当なら止めないといけないのに、私の頭の中は真っ白になっていました。
だって信じられないのです。
ヘラが……私の専属侍女でいつも一番近くにいたはずの人が、同じ邸で働いていたアニスを襲うように命令していたのですから。
「あ……ぅ……!」
助けたい。
アニスはこんな私にいつも寄り添ってくれたから。
でも身体の震えが止まらないんです……。 動きたくても思うように動いてくれないんです。
「ぐぁっ!?」
男の一人が悲鳴をあげて吹っ飛ばされました。
そちらを見るとお姉さんが長い棒のようなものを振りかぶっています。
「彼女に……触るな。」
「てめぇっ!」
別の男がお姉さんのお腹を蹴り、その勢いでお姉さんの身体が壁に叩きつけられました。
「ぐぅ……!」
怒った男の人は痛みで蹲っているお姉さんのお腹をさらに蹴りつけました。
何度も、絶え間なく蹴りつけるのです。
「やめ……て……。」
恐怖で動けない私はお願いすることしか出来ませんでした。
そんな私を見て、ヘラは楽しそうに笑っています。
「可哀想に、お嬢様と関わりさえしなければこんな目に遭わずに済んだのに。」
「どういう……こと……?」
「あなたが大人しくあの路地で攫われてくれればって意味ですよ、まったく……わざわざ邸にいる頃から計画していたのに、結局足がつく方法を取るしか無くなったじゃないですか。」
邸から……? 何を言ってるの……?
「あれぇ? もしかして気付いてなかったんですかぁ? なんであなたが家族や使用人から疎まれるようになったか。」
混乱している私にヘラはさらに事実を突きつけてきました。
「私が手を回したんですよ。 あなたが周りを信用出来ないように……そして周りはあなたが家族を遠ざけて見えるようにね?」
「ぇ……。」
「あなたが聞いていた使用人の陰口、あれも仕込みだったんですよ? 当主様が不在がちな邸一つ、私の手の物を潜り込ませるのがどれほど簡単だったことか! いや〜少し噂を流してやれば皆すぐ信じる! おかげであなたを別邸に隔離するのも簡単でした。」
「ヘラぁっ!」
アニスが何か言っているけど言葉が入ってこない。
そしてヘラは今までで一番楽しそうな顔をしながら私に顔を近づけてきます。
「あ、そう言えば奥様がなんで寝たきりになったか知ってます?」
「なにを……。」
「言ってあげたんですよ……お嬢様は奥様をひどく恨んでいらっしゃいますよって。」
え……?
「お嬢様と周りの人達の間で確執が生まれてしまったことにひどく胸を痛めてらっしゃったので言って差し上げたのです。 なんで魔術も使えない身体に産んだの。 お母様のせいでルゥイはこんなに死にたい思いに駆られているのにっ!……て。 お嬢様にも見せてあげたかったですよ? みるみる顔が青くなっていくところ。」
な…んで……?
「そんなこと……言ってない……っ!」
「そりゃそうですよ、だって私が勝手に捏造したことですから。 でも脆いですよねぇ……あれだけ幸せな家族愛を謳ってたのに。 身内でもない使用人の言葉を鵜呑みにして簡単にバラバラになるとか傑作ですよ、アハハハッハハッハッハっ!」
「何てことを……!」
「あんた達には分かんないでしょうねぇ……血の繋がった家族から要らないもの扱いされて捨てられる気持ちなんて……っ!」
アニスが苦虫を噛み潰したような顔で呻くとヘラは表情をひどく歪めて睨みつけました。
そして私に顔を近づけると冷たく言い放ちます。
「全部アンタのせいだよ。」
ーー私の……せい……?
「無自覚に善意を振り撒いて気持ちを押し付ける、その結果がこれさ。 誰も幸せになんかならない。 才能もない落ちこぼれだから必要とされてない。 アンタなんかーー。」
ーー産まれてこなければ良かったんだ。
「う……あ……ぁぁ!」
そうなの……?
やっぱり、私のせい……なの……?
涙が止まらなくて、頭が回らない。
私が……ヘラを知らずに傷つけてしまったからこうなったの……?
私が。
私がーー。
「ルゥイが……皆を不幸にしたの……?」
「それは違いますっ!」
「え……?」
今まで聞いたことがないくらいの声の大きさでアニスが叫びました。
「お嬢様……あなたは頑張っていらっしゃったではありませんか……! 御家の後継ぎとして……たとえ魔法が使えなくても、自分で出来ることを探して常にみんなの為に動いていらしたではありませんかっ!?」
「で、でも……。」
「知っていますか? 私、子供を一人亡くしているんです。」
そう言ったアニスはすごく辛そうな表情をしていました。
「お嬢様と同じでとても家族想いの良い子だったんです……。 けれど、馬車の事故で夫と共に突然訃報を知らされて……私はこの世を恨んでしまいたいほどに失意の底に落ちていました……。」
そう語るアニスの目からは深い悲しみの色が滲んでいました。
「ですがお邸にきて、お側で仕えるようになってから、私はもう一度生きる意味をお嬢様に教えてもらいました……! 家族と離れて辛いはずなのに、一番お身体を休めなければいけないはずなのに……。 あなたはこの世の理不尽に当たり散らすこともなく常に私を気遣ってくださった……そんなあなたにどれだけ心が救われたか……!」
「アニ……ス……。」
「だから……だからそんな悲しいこと言わないでください……っ! 私はいつだって……お嬢様の味方ですからっ!」
ーー独りだなんて思わないで? きみのことを大切に想ってくれている人達は必ずいるはずだから……。
「……あぁ。」
意味なんてないと思ってた。
だって私がしたことで誰かの為になった事なんてなかったのだから。
でも違った。
違ったんだよね……。
「あり……が、と……。」
私の願いは一人だけだけど。
ちゃんと届いていたんだ。
「あ……りが、と……ア……ニス……っ!」
こんなにも想ってくれて……。
私も……。
私も……だよ。
アニスが……。
ーーあなたがいてくれたから……。
◇
「あああああうぜぇぇぇぇっ!!」
ヘラが怒りを爆発させて壁を叩く。
「なんでこうなる? なんでこんな三文芝居を見せられてる? ふざけんなよアニス、テメェさえいなければこのガキの精神をあと少しで壊してやれたのにっ……!」
先程までの余裕のある笑みが消え、内の黒い感情を撒き散らし始める。
「テメェさえ……テメェさえいなけりゃっ!」
「お嬢様っ!」
「死ねぇぇぇぇっ!!」
ヘラが駆け出すと同時にルゥイを庇うアニスの背に得物を振り下ろす。
だがその凶刃は届かない。 間一髪で間に入ったセルティスが受けたからだ。
「お姉さんっ……!!」
「ぐっ……!」
ルゥイの案じる声が耳に木霊する。
「ーーっ! 邪魔すんな!」
頭に血が上ったヘラは続けざまにセルティスを殴りつける。
既にその身体は男達によって散々痛めつけられている。 そこに重なる鈍い痛みは常人が……ましてや幼い少女は決して耐えられるものではなかった。
だがセルティスは退かない。
アザだらけの身体。 先の一撃で額が割れおびただしい血が流れていようと、自身が守ると決めた二人を害そうとする悪意から決して視線を外さない。
「なんなんだよ……。 なんで倒れねぇんだよっ!」
その様にヘラが動揺を見せる。
「ーー決めた……からさ。」
「……っ?」
「傍観なんて、しない……。 隣にいてくれて当たり前なんてこと……無いと知ってしまったから……っ!」
ーーもうあんな後悔は繰り返さない。
セルティスは胸の内で吐露する。
「なんなんだお前っ……!?」
少女の纏う空気がただの七つの子供ではないと感じ取ったヘラは思わず彼女に問いかける。
だがセルティスはその問には答えず一つの、ある種の警告を促す。
「……な、なんだ? 急に部屋が凍って……!?」
「きみは一つ勘違いをしている。 あの子はーー。」
先刻のある男との会話を思い出す。
『一つだけ聞かせてくれ。 きみも……彼女が血統を持ちながら魔法を使えない欠陥品だと思うかい?』
セルティスが容赦ない問いを投げ掛ける。
しかし男はその問に考える素振りもなく、瞬時に返答を返す。
『仮にそうだとしても構わない。 俺は……後継者としての能力なぞ関係なしにあの子を愛している。』
『……そうか。』
セルティスが首肯するのと同時に男はさらに言葉を続けた。
『だが君は勘違いをしている……。 ルゥイは欠陥品などではない。まだ目覚めていないだけで、あの子の魔力保有量は我が家紋きってのものだ。 いずれこの国……いや、この大陸最強の魔術師になるだろう。 ルゥイはーー。』
『あの子は落ちこぼれなんかじゃない。』
「あの子は落ちこぼれなんかじゃない。」




