また会ったね。
頬にヒンヤリとしたものを感じ、意識が覚醒する。
感触的に床に寝かされているのだろう。 すぐに立ち上がろうと腕を動かす。
だが、両手首が何かに繋がれているようでビクともしない。
(ここは……。)
セルティスは目蓋を開けて視界を確保する。
薄暗い部屋だ、灯りが所々に点在している蝋燭しかない。
「っ……!」
ここに来るまでの経緯を思い出そうとすると急に身体に痛みが走る。
(な、んだこれ……、身体が動かない……。)
重く感じた手首を注視するといつぞやも見た魔術錠がはめられていた。
これは当事者の魔力の流れを乱し、魔術の発動を阻害する物。
だがセルティスには効かない。
彼女が使う力は魔力ではなく、『龍の気』を体内に流す事によってその効果を発揮するもの。
それは魔術錠の対象には当てはまらない。 だからこそ以前の馬車の中ではニフィーリアが奇声をあげてしまうほど簡単に壊す事が出来たのだ。
だが今回はそれが出来ない。
セルティスが気を身体に流そうとすると途端に霧散してしまう。
それどころか常時、身体が麻痺しているかのように痙攣が続くのだ。
「これは正直……参ったな……。」
現在地が分からないから助けを呼べない。
尚且つ、認識阻害の魔術で自身の護衛達を煙に巻いていたから救助も期待できない。
これは詰んだかとセルティスが苦悩していると反対側の壁からうめき声がする。
「あれ……こ、こは……。」
灯りが少ないせいで薄ぼんやりとしか見えないが、あの声音とダークブラウンの髪は間違いない。 ルゥイの侍女のアニスだ。
(彼女もここに連れてこられたのか。 ということは……。)
「お嬢様! ルゥイお嬢様!」
アニスがすぐ横に倒れている小さい人影に声を掛けると、目を覚ましたのかむくりと起き上がる。
「…………!」
そして自分達が鎖に繋がれている現状を見て驚いたようだ。
「はは……。」
(あの後別れてすぐに再会するとは思わなかった。 しかもこんな場所で……。)
思わず笑ってしまうセルティスだったが、その笑い声が聞こえたのかアニスが露骨に警戒する。
「……っ! 誰ですか!?」
「ぼくだよ。」
二人を怖がらせることのないようなるべく落ち着いた声音で呼び掛ける。
「あ、あなたは……!」
警戒していたのが先程主人と一緒にいた少女だと気付いたアニスが驚きの声をあげる。
「やあ、また会ったね。」
セルティスはやけに重々しく感じる両手をあげ、現状の悲惨さを感じさせないようににこやかに挨拶を交わした。
◇
「驚いたよ。 後ろから昏倒させられて目覚めたら、何故かきみたちも居たんだから。」
「私もびっくりしました、まさかあなたも捕らえられていたとは……。」
「きみ達も後ろからバチッと?」
「はい、邸に戻る途中で急にゴロツキに囲まれて……気付いたらここに居たんです。」
「ということは犯人の顔を見たんだね?」
「一応そうなんですが……見た限りは顔に覚えがありませんでした……。」
(ゴロツキ達は直接彼女達に関わりがある訳じゃないという事か。)
アニスの証言を受けて思案する。
セルティスは一応、既に犯人の目星をつけている。
なにせ、邸に戻る途中に捕らえられたなら、あともう一人被害者がいたはずだなのだ。
だがそのはずの人物はここには居ない。
ということはーー。
「あら、もう目を覚ましたんだ。」
先刻、街でセルティスにいちゃもんを吹っ掛けてきた女の声がこだまする。
「ヘラ……!」
彼女も実行犯だった。
「ヘラ何してるの……? 早くお嬢様の拘束を解いて!」
「はぁ? あんた今の状況分かってないの? そんなことするわけないでしょ、だってーー。」
「あんた達をここに連れてきたの私だし。」
ヘラはアニスの嘆願を鼻で笑いながら一蹴する。
「それにぃ……人の心配してる場合?」
「何、を……!」
その言葉を合図かのように、扉を開けてぞろぞろとガラの悪い連中が雪崩込んでくる。
「……ひっ……!」
その威圧感に圧倒され、ルゥイが小さく悲鳴をあげた。
「おいヘラ、お前が言ってた連中ってのはこいつらでよかったんだよな?」
「そうよ、そこのチビを国外に売り飛ばす話がついてるの。 お相手さん、この子の容姿をえらく気に入っちゃったらしくてね。 大金を積むから早く連れてこいってうるさいのよ。 それにーー。」
ヘラは反対側に居るセルティスを見てほくそ笑む。
「こっちの方も上玉よ、銀色の髪のガキなんて競りにかけたらいったいどれだけの莫大な利益を生むか……。」
その時を想像して興奮が抑えきれないのか女は大口を開けて笑っている。
「ヘラ、あなた……子供を売って自分だけ潤おうなんて恥ずかしくないの……!?」
そう述べるアニスにヘラは冷めた顔で返す。
「知ったふうな口聞いてんじゃねえよ、平民風情が……。」
「おいヘラ! この女も売りに出すのか?」
「隣の女は要らないから好きにしていいわよ。」
その言葉を合図に興奮した男達が口々に喚き出す。
「まじかよ! こんな上玉久し振りだなぁっ!」
「俺からヤらせろっ!」
「最近ご無沙汰だったからなあ、別に壊しちまっても良いんだよな? な?」
「ヒッ……っ!」
色めき立つ男達の様子に、初めて自身を好色の目で見られたアニスは思わず悲鳴をあげる。
「暴れんなよ? なぁに、全員一周する頃には嫌でも慣れるだろうからさぁっ! アッハハハハハッハッハッ!」
「嫌です……嫌……っ!」
「ぐぇっ!?」
嫌がる彼女へと近づいた男の顔面に鈍い衝撃が走る。
「彼女に……触るな。」
見れば暖炉の横にあった火かき棒を、セルティスが全力で振りかぶっている。
だが、原因不明の麻痺によりセルティスが動けたのはこの一度のみだった。
無理矢理に身体を動かした為に今では火かき棒を支えに立っているのがやっとである。
「痛っ……! てめえっ!」
「ぐぅっ!」
男の蹴りがセルティスの腹に直撃する。
避けることも出来なかった彼女はそのまま壁に勢いよく叩きつけられる。
「がはっ!」
「このクソガキィっ!!」
「待った!」
さらに追い打ちをかけるように男がセルティスの顔目掛けて足を振り上げたのをヘラが制止する。
「顔に傷つけたら値下がんだろバカがっ! そんなことも分かんねえのか野盗崩れはっ!」
「んだと!? 貴族のボンボンが偉そうにっ!」
罵られた男とヘラが口喧嘩を始める。 その言い争いの内容がとても長い間行動を共にしてきたとは思えない程お互いをよく思っていないものだった。
「ハハハっ……!」
「おい、何笑ってんだお前?」
仲間割れの現場を見て嘲笑するセルティスに男が絡む。
「いや……争いとは同じ格の者でしか発生しないと以前メイドに聞いたことがあってね。 なるほど、確かにきみ達を見ているとそうだなと納得してしまったんだ。」
「どういう意味だ……?」
「滑稽だと言ったんだよ。 ああ、説明したところで意味は分からないか。」
「テメェ……っ!」
「ぐっ……!」
壁際に横たわったセルティスの鳩尾に男のつま先が刺さる。
「殺されてぇか? 一丁前に調子こいてんじゃねえぞっ!」
男が怒りに任せて少女の身体をめった蹴りにする。
(これで良い……。)
なおも降りかかる痛みから、逃げることもせずセルティスは思考する。
今の自分ではあの二人を守ることは出来ない。 だからこそ安い挑発をして自身に注意を引き付ける。
こうしてしまえば少なくとも命令権を持つあの二人はメイドと少女に目を向けないから。
それに、もし仮にアニスが目の前で嬲られるような事があれば、ルゥイはきっと……癒えない傷を抱えてしまうだろう。
それだけは看過できないのだ。
それだけは許すことが出来ないのだ。
セルティスの中に再度、自信が持つに相応しくない義憤の感情が湧いた。
(何故……ぼくはこんなにも……。)
セルティスには今、自分の中で燻っているモノが理解できない。
だが、この感情を理解しえなくとも……頭の中には今為すべき事が視えている。
腹部に走る鈍痛に顔を歪めながら、ヘラ達の矛先が自身に向けられているこの現状にセルティスは見えないよう笑みを零していた。




