聞かせてくれ。
「……えーと。」
衝撃の事実を知らされてセルティスの思考が一瞬止まる。
「冗談……なのかな? すまない。 ぼくは反応が薄いから、からかい甲斐が無いと思うんだが……。」
セルティスの発言を受けて、ルゥイの父親を名乗る男は肩を落としながらぼやく。
「そう、だよな……。 俺みたいな駄目な男が……あんな良い子の父親なんてあり得ないよな……。」
「ん……?」
「分かってるんだ……、妻は身体が弱いから……その分、俺があの子達を導いてやれる……立派な親にならなきゃいけないって……。」
「えっ……?」
男は言葉を続ける内に段々声がか細くなりーー。
「俺の……俺の……せい、で……。」
「えええええええええっ!!」
ついにはボロボロと涙を流し始めた。
◇
「ルゥイは……とても良い子なんだ……。 あの子は優しくて、聡明でーー。」
(ど、どうしてこうなったんだろうか……。)
大の男が泣き出したことに焦りを感じたセルティスが、取り敢えず落ち着かせようとベンチに座らせてなだめていたら、何故か男は語り始めた。
「周りの手伝いを……よくしてくれる子だったんだ、妻は身体が弱いから……その分自分が頑張るって言って……。 誰にでも別け隔てなく接するから……使用人にも好かれていた。」
「けれど……下の子が先に魔術の素養を開花させて、妻の容態が悪化してから……段々あの子の様子がおかしくなっていって……笑顔を見せなくなった……。」
「家族にも……感情を見せなくなっていくあの子に……どうしたらいいか、分からなくなって……。」
「きみは……彼女のことを嫌いじゃないのか?」
セルティスがそう口にすると男は目を見開く。
「俺が……あの子を嫌いになるはずがない……! あの子も……そして、妻と下の子も……俺にとって掛け替えのない存在だ……。」
「ふむ……。」
頭の隅に引っ掛かる部分を覚える。
どうにも少女から聞いていた印象と食い違うのだ。
「あの子が変わったという時から使用人達の様子に変化はあったかい?」
「いや……ルゥイがあまり人と話したがらないと聞いたから……使用人達も……遠くから見守るだけになっていたが……。」
セルティスの質問の意図が分からないと言うふうに男は答える。
「ふむ……。」
ーーおかしい。
少女は使用人含め、邸の人間が以前のように関わってくれなくなったと言っていた。
だが、父親とその邸の人達は、逆に少女が話したがらないと聞いたと主張している。
(お互いの認識にわざと齟齬が生まれるようにしている人間がいる……?)
一応、セルティスの頭の中でパッと思いつく相手はいた。
だが、証拠が無ければこれはただの憶測でしかない。
「彼女が邸の人間と距離を置いている間、近くにいた人間は?」
「専属侍女は付いていた……身の回りの世話を……任せていたからな……。」
「その人はどんな人?」
ピースの欠片が埋まっていく。
「イスヴァル男爵家から奉公に来ていた娘だ……名前は確か……。」
「ーーヘラだ。」
やはりな、とセルティスは心の内で思った。
その様子を見ていた男が恐る恐る質問してくる。
「まさか……彼女が原因だっていうのか……?」
「少なくとも、ぼくはそう見ているよ。」
「ありえない……! 男爵は……先代の頃から我が家に尽くしてくれた御家なんだぞ……? その娘も……あの子に付いて良くしてくれていたと侍従達から聞いている……。」
「聞いている……ね。」
さっきから聞いていればこの男から出る話は全て人伝てで聞き得たものだけだ。
それに、この様子だと先程のいざこざも目撃できてないらしい。
「自覚が無いようなので一つ聞くが……きみはあの子の様子がおかしくなった後で、一日でも彼女の側に寄り添ってあげたことはあるかい?」
「……え?」
「大方、全て使用人たちからの報告のみで済ませていたんだろう?」
「それは……俺が話しかけることで、あの子の負担に……」
男のあまりにハッキリとしない様子に怒りを募らせたセルティスは語気を強める。
「『話したくない。』と彼女の口から直接聞いた訳でも無いのに? 仮にそうだとしても、弱っている娘を放って置くのが実の親のやる事かい……?」
怒りの余り見るものがたちまち萎縮してしまう程の圧をかけるセルティスに男が目を剥く。
「いいかい。 今のきみは使用人の話を聞いて、彼女を知った気になっているだけのただの他人だ。現に、今もあの子は助けを必要としていたんだよ。 分かるかい? 父親のきみにだ。 」
セルティスの口から聞かされた衝撃の事実に男がたじろぐ。
「そん……な……。」
「確かに、一人になりたい瞬間は誰にだってあるものだ……。 けど家族が……親であるきみまで離れていったら幼いあの子はどうしたらいい?」
「……。」
「きみがやるべき事は第三者からの報告を受けることでも、こうやって陰からこそこそ見守ることでもない。」
ーーあの子の口から直接話を聞いてあげることだ。
「そう……だな……。」
男が、少女が放った言葉を心の中に落とし込むように受け取る。
「ありがとう、おかげで目が覚めたよ……。」
先程までの弱っていた表情が嘘のように引き締まる。
「いいから行くといい。 あの子と和解するまで、ぼくはきみの顔など見たくもない。」
セルティスがそっぽを向いてそう言うと、男は晴れやかな顔をして笑った。
「今度……必ず礼をするよ。」
「なら……一つだけ聞かせてくれ。」
立ち去ろうとする男に、少女はある一つの問を投げていった。
◇
「らしくもないことを……。」
誰もいなくなった路地で一人、少女が呟く。
深く関わる気など毛頭無かった。
ただ話を聞くだけのつもりでいた。
あの少女に僅かながらの情はあれど、その父親の懺悔など微塵も興味が無かった。
だがどうしてか話を聞いたセルティスは怒った。
ーー怒ってしまったのだ。
あの少女が願ったわけではない、助けを請うた訳でもない。
セルティスは自身のエゴを、ただ一時の自己中心的な感情を優先させてしまったのだ。
「義憤など……最も抱いてはいけない感情だというのに……。」
あの時、もし今と同じ感情を抱いていたなら、セルティス自身に人間の心を理解できていたなら、少なくとも結末は違っていたんじゃないだろうか。
そう……ありもしないたらればを考えてしまう。
「無駄だなこの思考は……。」
今の自分にはなんの意味もないものだ。
「さて、今度こそ本当に帰るとしよう。」
認識阻害の魔術を使用していたせいでミリアリア達は主人を見つけられず随分と四苦八苦しているだろう。
「これは今日も『お話』確定だろうね……。」
今後の事を考えて気持ちが沈んだセルティスがおずおずと一歩を踏み出した時。
「…………っ!?」
バチッと雷に打たれたような衝撃が走り、そのまま意識を失う。
倒れた少女の横で、フードを被った謎の三人組がただ地面に沿うように流れる銀色の髪をジッ……と見下ろしていた。




