……へっ?
「はい、どうぞ。 熱いから気をつけて?」
ベンチに座っている少女に、先程屋台で買ってきたパイ包みを手渡す。
それを両手で受け取った少女の不安そうな表情は変わらないが、紙袋から漂ってくる甘くジューシーな香りに自然と喉が鳴っている。
だがこの手の屋台は経験が無いのか、食べ方が分からず戸惑っていたのでセルティスがお手本とばかりにパイ生地にかぶりつく。
「〜っ! これだよこれ! 以前食べたときから、もう一度ありつきたいと思っていた。」
肉汁溢れるチキンと香ばしいバターの香りに悶絶するセルティスを見て、少女も習うように小さな口でかぶりつく。
「……!」
噛んだ瞬間にジュワ〜ッと口いっぱいに広がるリグリンゴとビタ鶏のハーモニーに目を見開く。
「お味はどうかな?」
セルティスが感想を聞くと先程の暗い表情とは一変して、瞳をキラキラさせながら何度もこくこくと頷いている。
余程気に入ったのだなと嬉しく思うのと同時に、口の周りに食べかすをつけて頬張る子供らしい様子に思わずクスリとしてしまった。
「よっぽど気に入ってくれたんだね、ぼくも嬉しいよ。 ほらおいで……拭いてあげる。」
ハンカチを取り出して口元を拭いてあげると、たちまち頬を赤くしてもじもじしながらーー。
「ぁ……りがと……。」
と小さくお礼を言われた。
◇
小腹を満たして落ち着いたところで、セルティスはゆっくりと少女に事情を聞き始めた。
曰く、お付きのメイドと街を散策していたら人混みに巻き込まれてしまい、はぐれた所で待っていたら先程の男達が絡んできたとのこと。
その際しきりにロケットを見ていたらしい。
「そのロケットが狙われる理由は?」
思い当たらないという風に首を振る。
「これ……だいじなもの……。」
「大事?」
セルティスが問い返すと少女はこくんと頷いた。
「パパが……くれたもの……だから……。」
首元のロケットを大切そうにそっと両手で握る。
「でも……パパはルゥイのこと……きらい……なの……。」
「どうしてそう思うんだい?」
「ルゥイが……まほうを……つかえ……ないからっ……。」
震えて涙声になる少女を、セルティスはそっと目尻を拭ってあげながら言葉を待つ。
「ルゥイの妹はまほうがつかえるのに……ルゥイはずっとつかえないの……そしたらパパも……みんなも……ルゥイと目を合わせてくれなくなっちゃった……。」
「ほかのことでルゥイがりっぱになったら……パパも見てくれるっておもったのに……それもうまく……でき……なくて。」
今まで我慢していたモノが決壊するように涙を流す。
「良いんだよ。 今は……今だけは。」
セルティスはそんな少女の頭を抱き寄せ、落ち着くまで撫でてあげることにした。
◇
少女をなだめていると、やがてメイド二人が広場の方に入ってきた。
そのうちの一人はベンチに主人の姿を見つけると、泣きそうな顔をしながら少女の元へ駆け寄り、その小さな身体を抱きしめる。
「ルゥイお嬢様っ!よくぞご無事で……!
「アニス……?」
「ほんとに……心配したんですからね……!」
「そう……なの? アニスは、ルゥイを心配……してくれるの……?」
「当たり前じゃないですかっ! アニスはもう、二度とお嬢様に会えないかと……!」
「そう……なん、だ……。」
これまでどこか不安を抱えていたように思えるルゥイだったが、アニスの本気で自身を案じてくれる姿勢を見て、安堵したようにぽろぽろと涙を溢す。
「……ごめん……ね? いっぱい心配かけて……ごめん……なさい……。」
「いいえっ……いいえっ! お嬢様が無事なら、それでいいんです……!」
無事に再会を果たした二人の様子を見て、セルティスは胸の内がどこか温かなもので溢れるような気持ちになっていた。
(良かった……。 この様子なら味方がいない訳じゃなさそうだね……。)
「あのぉ〜感動のご対面は終わりました? じゃあさっさと帰りません? 私、足痛いですし。」
主人の所在が今まで不明だったというのに微塵も気にしていない態度でもう一人のメイドが愚痴る。
「ヘラ……あなたそれでも専属侍女なの……!?」
「そうですよー。 アニス先輩とは違って……ね?」
ヘラと呼ばれた侍女はニヤニヤしながら二人の事を見ている。
「早く行きますよ、あんまり遅くなると私が怒られるんですから。」
爪をイジりながらため息を吐く彼女の姿に、アニスが今にも飛び掛かりそうな勢いで睨みを効かせている。
「は〜あ……てか、あんた誰?」
侍女がルゥイの隣にいたセルティスに目をつける。
「少し縁があってね。 彼女が一人で歩いていたものだから、ちょっと声を掛けさせてもらったのさ。」
それを聞いてヘラが「ふーん」と興味も無さそうに呟いた後、急に意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「あのさ、あんたがお嬢様を連れ回したお陰でこっちは街中走り回る羽目になったんだけど? これって立派な誘拐だよね?」
「なっ……!?」
アニスはヘラのあまりの言い草に言葉を無くしている。
「訴えられたら困るんじゃない? だからさ……謝ってよ。」
「あなた……! いい加減にっ!」
「私より位の低いメイドは黙っててくれない? ほら早く謝れって。」
あまりの横暴な言い草にアニスが我慢の限界とばかりに詰め寄ろうとする。
だが、それより早くセルティスが深々と頭を下げた。
「すまなかった。」
理不尽な要求にも関わらず、何の躊躇いも無く頭を下げるセルティスにルゥイとアニスが驚いている。
「なーんだ、ちゃんと謝れんじゃん。」
それを見たヘラが上手くストレス発散できたと満足そうにしていたがーー。
「あんたみたいなーー。」
調子に乗って続けようとするヘラを見て、セルティスが満面の笑みで言葉を返す。
「迷子だとは思わなかったんだ。 なにせーー。」
「主人の側付きを任せられる程のメイドが、その主人を置いてこんな時間になるまで呆けているなんて思わなかったから……。」
「……あ?」
ニコッと笑みを返すセルティスを見て、ヘラは額に青筋を浮かべる。
「どういう意味よそれ……!」
「ヘラ落ち着いて! あなたこんな小さい子に怪我させる気!?」
今にも殴りかかりそうな様子のヘラをアニスが羽交い締めにしていたが、やがて「覚えてなさいよ……!」と捨て台詞を吐くと、セルティスを挟んだ通路の向こうへ去っていった。
(今日はやけにその言葉を吐かれるな……。)
肩を怒らせながら去っていく背中を見てセルティスはぼやいた。
「あの……お嬢様の傍についていただいて本当にありがとうございました!」
アニスが深々と頭を下げてお礼を言う。
「この御恩はいずれ……必ず返させていただきます。」
「礼は要らないよ、ぼくが彼女に構ってもらっただけだからね。」
(本来なら彼女の邸に向かう予定ではあったが……今日は巡り合わせが悪いようだしまた後日にするとしよう。)
セルティスがそう思考していると、袖が遠慮ぎみにくいくいと引っ張られる。
見ればルゥイが何か言いたげに口をもごもごさせながら、ようやく言葉を捻り出す。
「また……あえる……?」
「ああ、遊びに行くよ。」
そう言ってセルティスが頭を撫でてあげると、ルゥイは嬉しそうにメイドの元へ駆け寄っていった。
「さてと……。」
お辞儀をして去っていく彼女達を見送りベンチから立ち上がると、靴のつま先でコツッコツッと地面を二回叩く。
そして誰も彼女に関心が向かない状態でこちらを覗いている視線の後ろに回り込む。
「……!?」
「ずっと後をついて来ていたみたいだがぼくに……いや。」
「彼女に何の用かな?」
「……気付いていたのか。」
「お茶会の日からずっとね。 で、きみは何者なのか聞いてもいいかい?」
「……。」
男は言い淀んでいたが、観念したかのようにぼそっと口を開く。
「ーー父だ」
「……へ?」
「俺は……ルゥイの父親だ。」




