仲良くしてくれるよね。
「これをこうして……完成です!」
長時間の格闘の末、完成したシルエットを見てミリアリアは息を吐く。
「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」
その様子を近くで見ていたニフィーリアとアイリスが驚嘆の声をあげた。
それもそのはず、ドレッサーの前にちょこんと座っている少女が普段の寝巻き姿ではなく、華やかなドレスで着飾っているからだ。
「セルティちゃんは普段も可愛らしいけれど、ドレスを着るとまた一段と変わるわね〜!」
「初めての公の場なので、お嬢様の素材の良さをそのまま活かすために敢えてシンプルなドレスを選びました。 御髪も結ばずに流すことで清楚なイメージを演出できますし、奥様から頼まれていた白いバラのモチーフを入れたカチューシャもこのシルエットにぴったりだと思いますっ!」
「最高よミリー! やはりあなたにプロデュースを任せて正解だったわね!」
ミリアリアの仕事振りにアイリスは満面の笑みで称賛を送った。
「準備は出来たかな?」
コンコンとノックがされ今回のお茶会の主催であり、公爵家当主でもあるクラウスが部屋に入ってきた。
彼はドレッサーの前に愛娘を見つけると意気揚々と近づいていく。
「おや? どうやら私の可愛いお姫様は人ではなかったらしい……。」
その言葉にセルティスの肩がビクッと跳ねる。
「なにせここまで愛らしいのだ! きっと天が遣わした妖精に違いないっ! でなければこれ程の美貌に説明がつかないよ。」
「何を言ってるのクラウス? セルティちゃんがこの世で一番可愛いなんて至極当然なことを言い出して。」
「ははは! 参ったな、これでは今回の茶会は娘が視線を独り占めにしてしまう。」
「ははは……。」
親バカな夫妻の平常運転に乾いた笑いが溢れる。
すると、出迎えの任に就いていた使用人が現れクラウスに耳打ちをする。
「皆、来賓が揃ったとの事だ。 準備ができ次第、庭の方に向かうとしよう。」
◇
庭に集まった来賓達の前でクラウスが主催の挨拶を行った後、お茶会はその幕を開けた。
茶会とはいってもバイキング形式を採用しているので、軽食やスイーツを摂りながらそのまま立ち話に興じる者達もいる。
だがそんな中で老若男女問わず視線を集めている令嬢がいた。
彼女はその美貌と美しい銀色の髪で周囲の人間を魅了している。
「あれが公爵家の『光の子』。」
「なんて愛らしいのかしら。」
「御髪は当主様の色を継いで大変美しいわね〜。」
皆口々に彼女を褒め称えているのだが、そんな様子など露知らず、当の本人は思うままにスイーツを食べ漁っていた。
「んん〜! やっぱりウィード料理長の作るスイーツはたまらないね。 特にこのノギイチゴのクリームケーキが最高だ。」
「お、お嬢様……! 食べてばかりいないで他の方々と交流しませんと……。」
ニフィーリアがコソコソと耳打ちするが、セルティスはケーキを切り分けながら問を返す。
「ん〜とはいえ、一通り挨拶はしてきたじゃないか。」
「で、ですが……。」
「良いかいニフィーリア? 話し掛けてこないということは皆、ぼくに興味が無いということなんだ。 そこでぼくの方から無理に話しかけてしまったら、せっかくの雰囲気を壊してしまうだろう?」
「いや、それは……。」
話しかけて来ないのではなく話せないのですよとニフィーリアは思っていた。
なにせ彼女が誕生する前から邸に仕えているものでさえ、すれ違う際に未だに目で追ってしまう程のオーラがあるのだ。
彼女への挨拶の際、大人はまだ平静を装えていたものの、子供らに関しては顔を赤くして黙ってしまうか、途切れ途切れにしか声が出なくなるという二パターンが大半だった。
故に彼女のテーブルを囲むように出来ている輪は、そのリベンジに燃える子供達の牽制の目で作られているのである。
もっとも当の本人はそのことにまったく気づいていないのだが……。
「まだ三家の後継が来ていれば話は違っただろうけどね。」
「今回は『東』と『南』の当主様達だけですもんね。」
今回の茶会は事前に『西』の公爵家からは親戚のみの参列という連絡が来ていた。
『東』と『南』に関しては当主達は来ているが、後継達はここから離れた王都の学園に通っている為、都合がつかずにやむなく欠席とのことらしい。
故にセルティスは今回のお茶会の目的も無くなった為、こうして自由に食べ歩いている。
「さて、ケーキは粗方食べ尽くしたし今度は焼き菓子を攻めるとしよう。」
「まだ食べるんですか……。」
「当然だとも! ……ん?」
宣言通り焼き菓子が置いてある大皿まで向かう途中、セルティスがいる地点から死角になっていた庭の隅に、なにやら令嬢達が集まっている。
「何でしょうあれ……?」
「さあ?」
どうやら一人の子供相手に集団で何かしているらしい。
「あれは……。」
よく見ると一人側の子が、以前印象に残っていたロケットを首から提げていた。
「間違いない……あの子だ……。」
興味が湧いたセルティスは相手から見えず、かつ声が聞こえる位置まで移動してそのロケットの所持者を観察する。
「あなた、何処の家の方?」
「……。」
集団の先頭にいる金髪の子が扇で口元を隠しながら問を投げる。
だが問を投げられた子はクマを模した服を着用して後ろに付いたフードを深く被っており、おどおどするばかりで口を開かない。
「聞こえてますの? わたくしが何処の家の方かと質問しているのですが?」
「……??」
「言葉も喋れないのですか!? それに、その場違いな服装はなんですの?」
いつまでも口を開かないその子に腹を立てた金髪は責めるように怒り、それに続くように後ろの令嬢達も口々に罵り始める。
「アン様の言う通りよ!」
「挨拶もろくに出来ないなんて、親の教育がなってないんじゃないかしら。」
「それに何その格好? ここは貧乏人が来るところじゃないのよ!」
「……ぅぅ!」
ビチャビチャと水音が鳴り響く。
見れば、アンと呼ばれる少女がカップに入っている紅茶を、フードの子に向けて浴びせたらしい。
「礼儀がなっていないようですし、わたくし達が貴族同士が仲良くなるための挨拶というものを教えて差し上げますわ。」
アンの声を皮切りに次々とフードの子にお茶がかけられる。
「……ふむふむ、貴族の子供はお茶をかけ合って仲を深めていくのか……。 なんか……変わっているんだな……。」
「何引いた顔してるんですか……。 違いますからね、あれはれっきとしたイジメですっ……て居ないし!」
一緒になって覗いていたはずのセルティスが忽然と消えたかと思いきや、件の現場に向かっているのを見てニフィーリアは飛び上がるほどに仰天した。
「やあ、楽しそうだね?」
「え……! せ、セルティス様っ!?」
先程までお茶を浴びせていた集団はセルティスの姿を見つけると顔色を変え、慌てて礼の形をとる。
「せ、セルティス様? こちらにはどういったご要件で……?」
この中で一番位が高いであろうアンが口を開く。
「きみ達が楽しそうにしているのが聞こえたから来てみたんだ。 これは何をしている所なのかな?」
セルティスの疑問に令嬢達の肩がビクッと跳ね上がる。
「こ、これはこの者に指導をしてあげている所でしたの! 貴族のマナーに疎いようでしたので……。」
「ふ〜ん、そうなんだ。」
アンが取り繕うように並べた言い訳に、後ろの令嬢達も同意するように頷く。
「フッ……じゃあ。」
バシャバシャと先程よりも大きな水音が響く。
アンの顔がみるみる青ざめていく。 自分がお茶を浴びせられた訳でもなく、後ろの取り巻きが被害にあった訳でもないのに。
だが驚くのも当然であった。
なぜなら目の前にいる自身よりも位の高い公爵家の令嬢が、手に持ったティーポットを傾けて自分の頭にかけ始めたからだ。
「せせせせセルティス様ぁっ!?」
あまりに異常な光景に取り巻きは疎か、アン自身も混乱していた。
「ご乱心されたのですか!? ななななぜそのような事を!」
「え? どうして慌てているんだい?」
堪らずアンが叫んだが、セルティスはそれに対し心底不思議そうに問を投げた。
「だってきみが言っていたじゃないか、貴族同士が仲良くなる為の挨拶だって。」
「あ……。」
先程の自身の発言を思い返し、アンは急激にその顔色を悪くしていく。
「このまま友人の一人も作れないと父上と母上が心配するかもしれない。いつも良くしてくれる二人を悲しませたくないんだ……だからーー。」
ポタポタと髪から垂れる雫も気にせずにセルティスは満面の笑みで問うた。
「ぼくと仲良くしてくれるよね?」
◇
「そ、それではわたくし達はこれで……ごきげんよう!」
別れの挨拶もそこそこにアン達はそそくさと立ち去った。
実はあの後、セルティスが紅茶を被った際、アン達も同様に自分の頭に紅茶を飲ませていた。
通りがかる人が見れば異様な光景だったに違いない。
だがアン達はあの場で何もせずに立ち去るわけには行かなかった。
なぜなら他でもないセルティスを巻き込んでしまっていたから。
平時ならあの場で少女にしていた行動の責を問われても、アンはいくらでも誤魔化すことが可能だった。
上位の貴族が下位の貴族にその場でマナーを指導することは珍しくない。
それに場の雰囲気に沿う衣装を用意することも理解できていない少女が、自身より上の位な訳が無いと確信していたのだ。
だがその目論見は最悪の形で崩れ去った。
なにせセルティスがーーこの場にいる中で最上の位の者が、誰から見ても理解できるほどのマナー違反を犯したのだ。 それも下の位であるアンの言葉を真に受けて。
彼女達も分かっている。 自分達の言葉が詭弁だと、フードの少女を虐める為に発したデタラメだと。
だが世間はそう見てくれない。
結果だけ見れば彼女らによってセルティスの名誉は辱められたのだ。
公爵家のーーその気になればアン達をいつでも消せる立場にいる当主が、心底溺愛している愛娘の名誉を。
そして、そこからが凄かったとニフィーリアは語る。
我先にと、まるでシャワーでも浴びるかのように紅茶を被っていく貴族子女達のとてつもなく異様な光景。
最初はニフィーリアも、大事なセルティスが紅茶を被る羽目になった時点で当主夫妻に報告しようとしたのだが、他でもないセルティスに目で制止された為に不満気ながらも見守ることに徹している。
だがセルティスを見ていたくてこっそりついてきた男子達が、令嬢達の所業の一部始終を見て後ずさる程引いていたのを目撃できたので、結果的に良しとニフィーリアは心の中で思った。




