お嬢様の初めてがぁ〜!!
「お茶会……ですか?」
朝食のウインナーを切り分けながら、セルティスは今聞いた単語を繰り返す。
「ええ、そうよ〜! セルティちゃんももう七歳になったのだし、そろそろお友達を作らないとね?」
「王都でのデビュタントに向けて、今のうちから慣れていかねばな。」
そう交互に話すのは『北の公爵家』当主クラウス・プリムローズとその妻のアイリス・プリムローズ。 セルティスの父と母であった。
「私達を含めた四大公爵家、そしてその傘下の中でも特に身近な者達のみで行われるお茶会が、代々四家間で回しながら主催しているの。」
「この会はいわば身内の集まりのようなものだ。遥か昔、暗黒の時代に国を守るため奮起した我ら四家と……それに並んだ者達の、な。」
なるほどーーと彼女は思った。
そもそも四大公爵家というのは、遥か昔に『黒キ獣』が出現し、光の龍と魔術師がそれの対処に当たっている間、最前線でその侵攻を食い止めた者達だ。
貴族の殆どが我先にと逃げ出し、死に絶えていく中で、たった数人で命懸けで民を守ったという武勲が讃えられ、当時の当主達に公爵位が与えられた。
以来、貴族にとってあるべき姿勢と彼らの勇姿を風化させない為、四家以外に公爵位が授けられる事例は今に到るまで無いというのだ。
「今回は私達が主催なのもあって茶会はこの邸で行われる。 セルティもあまり緊張せずに臨めるだろう。」
確かに政敵とされる者達がいないため、多少の至らない振る舞いがあったとしても糾弾される事はないと思う。
よほどの事をやらかさなければだが……。
「分かりました、それでいつ頃の予定となりますか?」
「一週間後よ〜。」
「い、一週間後……ですか?」
随分急な話だと思わずお茶を吹きそうになる。
「それだと私の準備が間に合わない気もしますが……。」
セルティスが不安そうに尋ねるとアイリスはふふんと鼻を鳴らし、ミリアリアを呼びつけた。
「針子に例の件は?」
「伝えております。 今後一週間の予定に関してもつつがなく……。」
「よろしい、じゃあ今日の午後からお願いするわね。」
「お、お母様……?」
話している内容の意図が分からずに困惑していると、二人は何か企んでいるような顔をしながらセルティスを見つめている。
「大丈夫よ、午後からが楽しみねミリー。」
「はい奥様。」
「…………。」
終始にこにこしている母親と、何故かとても悔しそうに震えている父親の対比を見ながらセルティスは午後の予定に一抹の不安を覚えた。
◇
「「きゃあぁぁ可愛いぃぃぃぃぃぃっ!!!」」
午後、昼食を終えて満腹具合も丁度良く解消された頃、邸外に聞こえんばかりの悲鳴が響き渡る。
「まあまあまあ!! なんて可愛いんでしょう!!」
「ええ凄いです! 国宝級です!」
アイリスが朝、断片的に話していた通りに針子はやってきた。
……何故か既に仕立てられた大量のドレスを抱えて。
「ド、ドレスというのは採寸して作られるものじゃなかったのか……? 測ってもいないのに何故こんなにピッタリなんだ……。」
既存品を試着して後で微調整するのかと思ったが、何故かこれまで着たドレス全てニフィーリアのサイズぴったりに作られていた。
セルティスが以前、ニフィーリアの授業で習った服飾の知識との乖離に困惑していると、アイリスがノンノンと指を左右に振る。
「母の愛を舐めないでちょうだい? わざわざ測らずとも愛娘の身長、体重、スリーサイズからお昼前にこっそりニアにおねだりして食べたお菓子のことまで知り尽くしているのは当然の事よ?」
「それは少々逸脱しているのではないかと……。」
(というか何でニフィーリアにお菓子もらったことばれてるんだろう。)
当人に口止めし、なおかつ邸の人間が誰も見ていない状況を狙ったはずだがとセルティスは胸の内で思った。
「あら、世間の母親はみんなこんなものよ? 因みにニアには罰として倉庫の整理をさせているわ。」
「どうして!?」
(あ、ぼくにお菓子を食べさせたせいか……。)
「あなたのドレス姿が見れないと知って膝から崩れ落ちていたわね。」
「そんなにですか……!?」
(最近彼女の献身が重いと感じていたがそこまでとは……。)
「ちなみにミリーはこの後あなたのドレス姿がいかに良かったかを自慢するみたいよ。」
「ひどすぎるっ!」
(あんなに姉を想ういい子だったのに! しかもこの後のこと想像してすごい悪い顔してる!)
姉と感動の再会を果たしそれまでの分を補うように甘えていたはずの妹は、邸の女主人によって、悪どい笑みを浮かべながらマウントを取るような子に変えられてしまっていた。
◇
「すごいすごい! こんなに人が大勢いるなんて……それにお店もたくさんだ!」
興奮した様子のセルティスがいるのは邸より幾分か離れた下街、その中央に初代『北の公爵』の像が置かれているメイン通りだった。
普段外に出るのを制限されているセルティスは、二年前に起きた例の事件を切っ掛けに外出を禁じられていた。
だが、それでは民の生活や内情をいつまでも知ることが出来ないということで、条件付きで街に出ることを許されている。
「ニフィーリア、まだ落ち込んでるのかい?」
「うぅぅ……だってお嬢様……。」
あの後、倉庫整理を終えて戻ってきたニフィーリアは死ぬほど悔しがった。 それはもう姉を弄ろうとうきうきで待っていたミリアリアが思わず慰めてしまうほどに。
その状態を予見してか、アイリスは事前に娘が外出する際の付き添いをニフィーリアに決めていたのだ。
邸の護衛は離れたところで見守っているため、実質二人きりでのお出かけなのだがーー。
「フリフリ……なん、ですよね……?」
「へ?」
「お嬢様が! あの普段『おしゃれ? 外に出ないんだから一日中寝巻きで良いんじゃないかな。』なんて言っていたお嬢様のドレス姿が見れなかったんですよっ!?」
「あー……。 でもお茶会で見れるよ?」
「一着だけなんですよ!? 今まで何着も試着していた中での一着だけ! それに、それにお嬢様が初めてドレスを着たときの初々しい御姿を見ることも叶わないなんて……。」
「ニフィーリア……。」
今にも泣き出しそうなメイドを見てセルティスは多少なりとも心配していたがーー。
「お嬢様の初めてがぁ〜!!」
「ニフィーリア!?」
街の往来でなんてことを言い出すんだとセルティスは慌てた。
「泣かないでニフィーリア?」
「でもぉ、でもぉ……!」
「確かにドレスは見せられなかったけれど、ぼくの街へのお出かけは君とが初めてなんだよ?」
「あ……。」
「記念すべき一日を、こんな悲しい形で終わらせちゃうのかな?」
にこっと微笑みながらセルティスが手を差し出す。
それを見たニフィーリアは涙を拭きながら差し出された手を取る。
「行きましょうお嬢様! この街は広いですから、泣いてる暇なんてありませんよ!」
先程とは打って変わって、満面の笑みでリードをしてくる彼女に思わず笑ってしまう。
「きゃっ!」
ニフィーリアが動き出したのと同時に角から出てきた人影とぶつかってしまった。
「ごごごめんなさい! 大丈夫でしたか?」
ニフィーリアが転んだ相手に手を差し伸べると、フードを深く被った子供はよたよたと自力で立ち上がる。
そして、何度もぺこぺことお辞儀をするとそのまま立ち去ってしまった。
「あぁ……行ってしまいました。」
「急いでいた様子だったね。」
「はい……怪我してなければ良いのですが……。」
一言も話すことなく行ってしまった少女。
セルティスは少女が立ち去った方を見つめながら、彼女が首から下げていた精巧な装飾の入ったペンダントと、やけに印象に残る天色の瞳を思い返していた。




