プロローグ -氷の少女-
早朝、閉められたカーテンの隙間から陽の光が差し込み、鳥のさえずりが今日という日の始まりを告げる。
「失礼いたします。」
コンコンとノックが鳴り、少しするとドアを開いて一人の侍女が入室する。
侍女は新緑の髪を靡かせながら窓際まで移動すると、カーテンを開いて窓に手を掛ける。
開放された室内に外から爽やかな風が入り込み、今なおベッドで眠る少女の銀髪を軽やかに撫でていく。
「お嬢様、朝ですよ。 起きてください。」
声を掛けるが少女はまだ起きたくないのか侍女がいる方とは反対に寝返りをうった。
「お嬢様〜起きないんですか〜?」
再び声を掛けるも反応はない。
そんな主人の様子を見て、侍女はニコっと笑みを浮かべると少女の顔に手を当て、頬をぷにぷにと揉み始めた。
「お嬢様が悪いんですからね〜? 早く起きないとも〜っとぷにぷにしちゃいますよ〜? あでっ!?」
両手でつねったり、こねくり回したり、まるで西のエリュム地方名産のお餅のようにもちもちの肌を堪能していた侍女は、後から入室した彼女の妹に頭をはたかれた。
「もうニアお姉ちゃん! お嬢様を起こしておいてって言ったのに何遊んでるの!?」
「だ、だってお嬢様が起きないんだからしょうがないじゃない。 それに……。」
先程頭を叩かれたニアーー。 ニフィーリアは妹のミリアリアに見せつけるように少女の頬を触る。
「こ〜んなにもちもちしてるのに堪能しないなんて……勿体ないと思わない?」
「う……。」
姉が気持ちよさそうにこねくり回しているのを見たミリアリアは、ゴクリと生唾を飲み込むと占拠されている反対の頬を恐る恐る撫でる。
「うわ……ほんとにもちもち〜!」
「でしょ〜?」
「うん、これは……くせになるかも……。」
「…………ひみひゃひ。 いふゅまへひゃわっへふふはっ?」
主に顔周辺の雑音が耳につくのか、眠っていた本人が眠りから覚醒し、自身の現状に対して疑問の声をあげる。
「あ、おはようございますお嬢様。 もう朝ごはん出来てますよ?」
「おはようございますお嬢様! 昨晩はよく眠れましたか?」
自分らの不敬を棚においてのんきに挨拶してくる侍女二人を見ながら、少女ーーセルティス・プリムローズ公爵令嬢は極めて冷静に声を発した。
「ひょりひゃえふ、ひょいへふゅへ。」
◇
「朝から酷い目にあった……。」
姉妹に朝の支度をしてもらいながら、セルティスは散々遊ばれた自分の頬をさすっている。
「申し訳ありません……。 あまりにも柔らかそうだったので、欲求に抗えず……ついぷにぷにもちもちしてしまいました。」
妹の方は髪を梳かしながらふざけた言い訳を並べ、反省の色が見えず。
「はぁ〜今日も一段と最高でした。 起きていらっしゃる時も触らせてくれれば尚良いのですが……。」
姉にいたっては謝罪どころか不満を漏らす始末だった。
「今まで散々触らせていたじゃないか、ニフィーリアが『あと一分だけ!』と言いながら延々と撫で回すのが悪い。」
「だってしょうがないじゃないですか! 誰だって抗えませんよこのもちもちを知ってしまったら……! という訳で触っても良いですか?」
「今の流れで何でいけると思ったのかな……? 駄目にきまってるよね……?」
「「ぶーぶー!」」
「ミリアリアもかい!?」
二人してぶーたれる様子を見て、この姉妹もなかなかに遠慮がなくなってきたなとセルティスは苦笑する。
あの日、確かに故郷へと旅立つ二人を見送ったセルティスは、感傷に浸りながらもその身を案じていた……が、姉妹は二週間ほどで即帰投すると、そのまま侍女としての雇用を公爵家当主ーーすなわちセルティスの父親に直談判したのである。
それから見事一端の下女として雇われる事になった彼女らは最初、以前の事件の影響もあり同僚たちからのいわゆるイビリなどにあったそうだが、そんな事をものともしない、むしろ鬼気迫る仕事ぶりに周りが怯え、次第にそういった事も無くなったらしい。
そうして彼女達が公爵家に仕えて二年。 見事セルティスの専属侍女を勝ち取ってからは一年余が経過していた。
「お嬢様? どうして笑われているのですか?」
「いや……人生何が起こるか分からないものだと思ってね。」
「「??」」
セルティスは姉妹が故郷での弔いを終えた後、どこか遠くに移住するのだろうと勝手に思っていた。
だが予想に反して邸に戻ってきたその日、姉妹は決意を固めた表情で少女に告げた。
ーー「一人には、しませんから……。」
「ーーーー。」
その意味が少女にハッキリと伝わったのかは分からない。
けれど、こうしてお世話をしながら時々軽口を挟む彼女達を見て少女が楽しそうに笑っているということは、あの時決めた姉妹の覚悟は決して無駄ではなかったのだろう。
「では、そろそろ食堂に参りましょう!」
「ーーそうだね。」
二人に連れられて部屋からの一歩を踏み出す。
人間としての『感情』を養っていく日々はーーまだまだ続きそうだ。
「そういえば朝仕入れた野菜がとっても新鮮だって料理長のウィリーがはしゃいでましたよ!」
「へぇ〜じゃあ今日のメニューは野菜中心かしら?」
「なんだろうな〜? ローム産キャベツにパプリカ、それにピーマンもあるかも!」
「うぇっ……。」
「どうされましたお嬢様?」
「…………ピーマンきらい。」
「「まだ食べれなかったんですか……。」」




