エピローグ -姉妹を繋ぐ花-
晴れやかな空の色がオレンジ一色に染まり、夕陽が顔を出す頃。
プリムローズ家が所有する庭園の隅に、一人の少女が腰を下ろしていた。
少女は公爵家の象徴とも言える、中央の花壇に咲き誇る白いバラには目もくれず、目の前に咲いている花を丁寧に摘み取っている。
「こちらにいらっしゃいましたか。」
後ろから声がかかり、作業を中断して顔を向ける。
振り向いた彼女の手が、手袋もせずに作業をしていたせいで土だらけなのを見て、声の主はくすくすと笑っている。
「やあ、きみだったか。」
「ええ、ご無沙汰しています。」
声の主はニフィーリアだった。
「きみがここに来ているということは、一月にも及んだ聴取からようやく解放されたというわけだね。」
「ええ……。 便宜を計ってくれたお嬢様には頭が上がりません。」
あの後、セルティスにかけられた探知術式を目印に、公爵家有する魔術師部隊が現場に雪崩込んできた。
公爵令嬢の誘拐と、以前から問題視されていたという子爵周辺の行方不明者に関する証拠が、邸にて次々と発見された事でロウグ子爵に対し、手配書が出されることとなった。
そしてニフィーリアは公爵邸へと移送され、治療の経過を看た後に事件についての取調べを受けていた。
その際彼女がこれまで行った犯行を自供し、それに対して重い処罰を求める声があがったが事件後の捜査に協力的であったこと、子爵の邸で発見された証拠により少女達姉妹も被害者てあることが判明し、情状酌量の余地があると判断された。
「良かったよ。 きみが罰を受けるのはぼくにとっても不本意だったからね。」
「もしお嬢様が進言してくださらなければ……私は今頃、当主様の手で首を撥ねられていたことでしょう。」
自分達の出張中に娘を誘拐された事でセルティスの両親はそれはもう烈火の如く怒り、誘拐の当事者とされていたニフィーリアを文字通り消し炭にしようとしていたが、当の拐われた本人がニフィーリアの容疑を否定し、逆に子爵の手から救ってもらったと進言したことでその怒りを収めていた。
「本当にありがとうございました。 あなたがいなければ私とあの子は……今も救われずに苦しんでいたと思います。」
幼い少女に向け、ニフィーリアはこれ以上無いまでに深々とお辞儀をする。
「気にする必要はない。 きみが願ったからぼくが手を貸した、それだけの事だよ。」
目線は手元に集中しながら、少女は淡々と述べる。
「きみはこれからどうするんだい?」
彼女の今後について問う。
ニフィーリアの容疑は完全にとは言えないが晴れたといっても良い。
恐らく行動の制限はつくが、同じようなことが無ければ彼女はもうどこにだっていける自由な身なのだから。
「……故郷に一度戻ろうと思っています。 もう、村は残っていませんが……お墓を作ってあげたいんです。 両親とーー。」
ーーミリーの分まで……。 ニフィーリアはそう零した。
「イルの花飾りを供えたいんです。 もう一度作ってあげると、あの子にそう約束しましたから……。」
そう告げる少女はあの日、邸で見た妹の姿を思い出す。
結局、最期まで言葉を交わすことは出来なかった。
けれど、お互いに寄り添って。
直接触れ合いながら。
共に流した涙を見て。
きっと……。
想いは通じ合えたんだと分かったからーー。
「ーーそうか。」
彼女の言葉を受けて、手を止めた少女は静かに立ち上がる。
「だが、それは許可できない。」
「……。」
「容疑が晴れたとはいえ、きみが早々に一人で動き回ることに疑いを持つ者もいるだろう。 」
「それは……そうです、ね。」
「ーーだから監視をつけることにした。」
「来てくれ。」そう述べた少女の言葉を合図に、ニフィーリアの後ろからコツッコツッと足音が近づいてくる。
「ーーうそ……!」
「お嬢様より、ニフィーリア様の付き添いとして同行するよう命じられました。」
彼女の目の前で立ち止まった少女は深々と礼の形をとる。
そしてーー。
「久し振りだね……お姉ちゃん……っ!」
ニフィーリアと同じ髪色をしたその少女は、眼に涙を浮かべながら姉に声をかける。
「ミリー……。 ミリーっ……!」
姉は堪らず妹に駆け寄り、その小さな背中を抱きしめる。
「会いたかった……! ずっと……ずっとっ!」
「私もだよ……! お姉ちゃ、ん……お姉ちゃ……ん……っ!」
姉妹は互いの存在を強く確かめるように抱き合い、そして泣いた。
今まで我慢していたものが込み上げてくるように。
着ている服が、庭園の土で汚れるのも厭わず。
ただただ声を大にして、涙を流した。
◇
「セルティス様、この度は本当に……どう御礼を申し上げればいいか……。」
姉妹共に、精一杯の感謝を込めた言葉を告げてきた。
その目尻は散々泣き腫らしたのもあって真っ赤になっていたが、どこか気持ちが晴々としたような様子も見せている。
「先程も言ったが気にする必要はない。 ぼくはただ手を貸しただけだ。 妹を、そして姉を、お互いがお互いを救って欲しいと願った……その純粋な想いに。」
姉妹は互いに顔を見合わせ、そして微笑む。
「さて、きみたちの新しい門出に餞別だ。 どうか受け取って欲しい。」
そう言って少女が渡したのはイルの花。
姉妹にとって特別な意味を持ったその花は、彼女の手によって綺麗に摘み取られていた。
「ここで花を摘んだということはナイショだよ? でないと、ぼくが母上どのに叱られてしまうからね。」
顔に土をつけたままシーッと口元に指を立てる少女に、姉妹は思わず声をあげて笑ってしまう。
ーーその表情は少女達がこれまで生きてきた中で、一番の笑顔だったということは言うまでもないだろう。
これにて第一章は完結となります。
0時頃に第二章投稿予定です。
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