お姉ちゃん。
「ニフィーリア。」
姉妹の元へセルティスが歩み寄る。
「セ、ル……ス。」
抱き合う形をとっていた少女は声のした方向に目を向け、その霞んでいる視界に少女を収めた。
ニフィーリアの身体から流れ出る多量の出血を見て、獣に変えられた『ミリアリア』が心配そうに寄り添っている。
「syuruuuuu……。」
「ふふっ……。」
そんな様子を見てニフィーリアは嬉しそうに笑っている。
「ありが……ね。 セ……ティスのおか、げで私達は救わ……た。」
「そんなことはないさ……。 きみたちが互いを想い合った結果だよ。」
「私……は、あな……に酷いことば、かりしてきた……に。」
後悔の念を抱いていた少女は、力の入らない拳を悔しげに握り締めていたが、それを赦すかのように幼い手が優しく包み込む。
「全然気にしてないよ。」
ニコッと笑う少女を見て、ニフィーリアはまるで敵わないなと笑みを零す。
「優……いの、ね……あ、なたは……。」
言葉を続けたいが、無理に喋った反動で口から血を吐き出してしまう。
それを見たミリアリアが心配そうな声をあげるが、ニフィーリアがなだめるようにその鼻先を撫でていた。
「あな、たも……あり、が……ねミリー……。」
「長……い間……奪わ、れ続け……た人生だ……けど……。」
終始弱々しく行われていた呼吸が、やがて断続的なものへと変わっていく。
「最、期に……あなたを、この手……抱き、しめることが出来……てーー」
ーー「よか……た。」
最愛の妹を見つめていた瞳から光が消える。
彼女の鼻先を愛おしそうに撫で続けていた腕が、やがて意思を失ったように力無く落ちていった。
ーー血の色を失くした少女の頬にポツポツと雫が降り注ぐ。
『ーーないで。』
セルティスのものではない。
『ーー死……な、いで。』
ミリアリアが願ったのだ。
『ーー死なないで…。』
在りし日の姉がそうしたように。
『ーーーーーーーー死なないで……っ! お姉ちゃん!!』
「死なせないさ。」
『え……?』
ーー絶対に。 そう声をあげた少女の顔を見る。
彼女は落ち着き払いながらも、その瞳に決して失わない希望の光を灯している。
「ねぇニフィーリア。」
「君は願ったね、妹を助けてほしいと。」
「だがぼくはこうも聞いたはずだ。」
自分達を助けて欲しいかと。
「その問いに君は『助けて』と返した。」
「だから絶対に救ってみせる。 安心して、ぼくはーー。」
『龍』は約束を違わないのだから。
その時、確かにミリアリアは見た。
少女を。
ーーーーその背中を覆う光の翼を。
◇
「ここは……。」
ぼやけた視界が開き、自身の現状を知る為に辺りを見回す。
だが周りは暗闇に包まれており、男が縛り付けられている椅子の周辺以外、明かりを確認することは出来なかった。
「い、いったいどうなってる……。」
(あの小娘に睨まれてからの記憶がない……。)
ーー『黙れ。』
あの時の事を思い出して身震いする。
彼女は本当にただの人間だったのだろうか。
そして今のこの状況は、果たしてあの少女によって作り上げられたものなのか。
(い、生きた心地がしない……!)
ロウグ子爵は、自身をユールニクス大陸の中でも相当の実力者だと自負していた。
それに足る実力と確固たる自信があったのだ。 だがーー
(あの少女は別格だ……。 眼を見ただけで、まるで心臓を掴まれるような感覚があった……。)
並の魔術師はあの眼を見ただけで泡を吹いて倒れることだろう、男はそう考えていた。
(それにあの金色の瞳……。 操っていた光の帯。 どこかで……。)
ロウグ子爵が何かを思い出しかけていたその時、この場に似つかわしくない陽気な声が響く。
「はぁ〜い子爵ぅ〜!! お加減いーかがですか〜??」
「な、なんだ貴様は!?」
突然目の前に現れた訳の分からない存在に混乱する。
「いや〜初めました?? まして?? ですかね~。 それとも前に会ったことありましたっけ?? 分かんないやっアッハハハハハッハッ!!」
そう明るく返す人物は豊満な胸を黒いスーツの内に収め、白のラインが入ったハットを被っており、更には口元に笑みを浮かべた不気味な面をつけていた。
「おいっ! 縄を解け! 今ならまだ許してやるぞ! さっさとしろっ!」
目の前の得体の知れない人物に少なからず動揺するが、あの少女では無いことに調子を取り戻したロウグ子爵は面の人物に命令口調で話す。
「えー、やですよ普通に。 てか何時間かけてその縄縛ったと思ってんですか、私の労力考えてくれてます?? 考えてくれてないですよねえ?? ねえ?? ねえねえねえ??」
「ねえ」一つ毎に物凄い勢いで詰め寄ってくる相手に一瞬悲鳴を上げそうになるが、ロウグ子爵は毅然とした態度を取りながら話を続ける。
「わ、分かった! それならここから出してくれ! 解放してくれるなら金もやるし、豪華な晩餐も食わせてやるぞ! どうだ私を解放したくなっただろう!」
「えっ。 いや、いいです。子爵ん家の料理とか油っこくてまずそうだし……。」
面の少女は男のでっぷり肥えた腹を見ながら、明らかにテンションの下がった声音で零す。 かと思えば急にハイテンションになり男の周りをスキップし始めた。
「てかてか子爵くんさぁ〜解放してもらえると思ってたってマジ?? さすがに虫良すぎん?? 自分でもおかしいって思わん??」
「お、お前は何が目的なんだ……?」
「え〜目的?? やんっ! もうそんなん決まってっしょ〜!!」
「らんらら〜ん」とスキップしながら椅子の周りを駆けていた少女は、やがて子爵の耳元に顔を近づけるとーー
「ーー殺すんだよ。 お前を。」
ドスの効いた低音で語った。
「ひぃぃぃっ!?」
「アッハハハハハハ!! ビビっちゃった?? ビビっちゃったんだ!!」
悲鳴をあげる男を笑いながら、少女が親指と薬指で指を鳴らすと、ポゥと空中に収納式の魔術陣が現れる。
「うんしょ!! うんしょ!!」
魔術陣に足を掛けながら両手で何かを引っこ抜くように取り出した少女は「ふぃ〜!!」と満足そうに汗をかく仕草をしていた。
「な、なな何だそれはっ!?」
ロウグ子爵は悲鳴をあげるように問を投げる。
なぜなら少女が取り出したものは細長い丸の形状に、無数の刃がついているノコギリのような代物だったからだ。
「へ、へへ……。 まさかコイツを使う時がくるたぁ思わなかったぜ……。」
少女がノコギリに魔力を注入し始めると刀身が光りだし、やがてギャギャギャと刃が振動を始める音が鳴り響く。
「そ、それをどう使うつもりだねっ!? ……そうか! な、縄を切るつもりなのだろう……? そうなのだろうっ!?」
「ぷっ!!?? アッハハハハッハッハハハっ!! 子爵ぅ〜?? さすがにこれで縄は切れませんよぅ〜!! いくら私が超絶器用でぇ……キュートでぇ……可愛くて愛嬌があるからってぇ〜。 ……えっ、別にそんなこと一言も言ってない?? チッ、うぜぇな殺すか……。」
「まままま待てっ! 理不尽すぎるだろっ!?」
あまりの自由奔放さにロウグ子爵が音をあげる中で、少女は「なんか……飽きちゃった……。」と不満を零す。
「さーてと、何か遺言あります?? 今日の晩ご飯を決める間くらいなら聞いてあげますけど??」
「待ってくれ! なぜ私を殺そうとするんだ! き、貴様はいったい……。」
「『待ってくれ! なぜ私を殺そうとするんだ! き、貴様はいったい……。』ですね!! ……な〜んか大分変な遺言ですが、分っかりました!!」
返事を返すと、少女が両手に持ったソレを大きく振りかぶる。
「では、子爵〜?? 来世でまたお会いしましょう〜!!」
「やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」
「ーーばいち。」




