2022年3月11日
15時過ぎにやって来たあいちゃんときよのちゃん。あいちゃん、知らないふりして車の中でスマホを見ていた俺に気付かせようと運転席をコンコンと叩く。「おう」とわざとらしく降りていく俺。
駐車場の突端に腰を下ろした二人に、「ダブルシュークリーム食う?」
きよのちゃん、「シュークリーム大好き!」
「水はいるか?」
「要らない。水筒にお茶がある」
三つ残しておいたパウンドケーキを、「ほい」と二つ渡して、もう一個、「これはステの分やな」
ポニーテールに髪を纏めた二人、昨日の続きの作業に入る。きよのちゃん、勝手口前の直方体のポリバケツを駐車場の突端に動かして来た。中にはかなえちゃんと写ったプリクラが入っている。かなえちゃんへの恨み、昨日より増幅されたみたいだ。
二人、二枚綴じのKZHR小学校のPTA会報を持参していた。
「あれっこれ何?」と俺。
あいちゃん、「うちらの卒業記念の会報だよ。猫じいに見せようと思って持って来たぁ」
言うなれば、卒業アルバムのミニ版だ。卒業する六年生の一人一人の将来の夢が記載されている。
あいちゃん、「うちこの校長嫌い」
校長、禿げてない。まだ50手前のように見える。
「俺の弟も小学校の校長しよるんじゃ。あっともう60過ぎたけん校長は辞めたかもしれんな」
あいちゃん、「猫じいに質問です。うちら三人、さてそれぞれ何組でしょう?」
「さて確か、あいちゃんが四組できよのちゃんが三組、かなえちゃんが二組」
「ぶ・ぶ〜、うちとマリア(きよのちゃんのこと)は合ってたけどかなえちゃんは一組でしたぁ」
「さてうちはどこに書いているでしょう」
四組の左下にあった、「これやな。インドでゆっくりしたいか。あいちゃん絵が上手やな」
きよのちゃん、「あいちゃん友達に何人か描いてやったんだよ。ほらこの子とこの子」と指差す。
「きよのちゃんはと…本に愛される司書さんになりたいか!」
「猫じいぶすえもんの見て」とあいちゃん。
「おうこれか。薬ざい師?」
かなえちゃんの上に薬剤師になりたいと男子が書いているが、こっちはちゃんと漢字で書いている。かなえちゃん、クラスで1・2を争うほど頭が良い割にはこの辺り、ちょっと抜けているか。
きよのちゃんに、「かなえちゃん朝は誰と一緒に行きよるん?」と訊く俺。
「ゆうちゃん。お陰でうちは登校時間ずらしたよ。二人の姿見たくないから。かなえちゃんちっちゃくてかわいいから騙されてんだよ。ゆうちゃん単純だから」
『かなえちゃんがちっちゃくてかわいい?!』
そうか、あいちゃんときよのちゃん、「ぶすえもん」とか言って弄っていたが、かわいいと認めていたかなえちゃんへの裏返しの行為だったのか、納得。やっぱし二人、良い奴だ。でも、もうちょっとかなえちゃんに気を遣ってやっていれば離れていくことはなかったのに。残念!
「何、お前らかなえちゃんがちっちゃくてかわいいって思うとったんか?」
きよのちゃん、「猫じいが言ってたんやない?」
「えっ!ちっちゃいっては言うたことあるがかわいいってまでは言うたことないぞ」と返したものの、内心、かなえちゃんがかわいいってことは常々思っていた。
「うちらは五人グループやったん。告げ口野口は追放したけど、かなえちゃんが苦手っていうからゆうちゃんにはクループ離れて貰ったのに。どういうつもりなんやろ。ムカつく」ときよのちゃん。
俺は、「そうかお前ら五人グループやったんか。大所帯やったんやな」
あいちゃん、「猫じいハサミ貸してぇ」
「おう」と俺は家に入って、昨日も使った、全く使わないから錆びてしまったカニ用キッチンバサミと普通のハサミを持って来てやった。二人、プリクラのかなえちゃんの顔の部分だけを切り取るという細かい作業に余念がない。時折、寄ってきたシロとイモコ、ユキナに餌をあげながら。おっと、あいちゃんの家で餌を貰っているアンバーも姿を見せた。
きよのちゃん、「ねぇ猫じい、こんなうちら見て何も思わん?」
「別に。友情は永遠じゃねぇけんな。ときには精算せなならんこともあろうや。今お前らがやっとることはその儀式やろうが」
きのよのちゃん、「うちうんこ。ファミマに行ってくる」
あいちゃんも、「こんなことしてるうちら異常?」
「友情の精算やろもん。普通やないか。俺の親友、大学時代、ふられた女の写真、俺の前で全部破りよったが。俺も嫁と結婚したとき、文句言われて、アルバムの他の女の写真全部破らされたが」
あいちゃん、「猫じい、結婚したのに他の女の人の写真持ってたの」と怪訝な顔。
「いや、1対1の写真じゃねぇんぞ。クループで写っとる写真ぞ。あいちゃんも結婚したら同じようことするんか?」
「うんするよ」と軽く答えるあいちゃん。厳しい!
あいちゃん、「猫じい餌食べられないように見てて」
「何、どこ行くんか?」
「電柱にかなえちゃんの顔貼ってくる」
「糊無しで貼れるんか?」
きよのちゃん、「プリクラは裏に糊が付いてるんだよ」
「あっそうか。そいでみんな普通にスマホに貼り付けとんのか。ばってあんな小さな顔貼っても誰も気付かんぞ」
「それでもいいの。気が済まないから」と、住宅街の路地に一度姿を消した二人、あいちゃんだけ戻って来て、「猫じい椅子貸して。高いところに貼る」
戻って来た二人。あいちゃん、「猫じいの家って燃やしたりしていいところない?」
「この駐車場で燃やせばいいやないか?」
「やったぁ!ありがとう猫じい」
「であいちゃんライターは?」
「忘れたぁ」
「ならいいものがあるわ」と、俺は家の中に入ってカセットガスコンロを持ち出した。
「ありがとう猫じい。これなら燃やし易い」
あいちゃん、「先ずはかなえちゃんがくれたオレンジのマスコットからね」
きよのちゃん、かなえちゃんがくれた二個のマスコットを踏んで踏んで踏み捲る。中からは綿がはみ出す。
あいちゃん、「まずはこのマスコットから」とプラスチックのフォークに刺してコンロの火に。燃えかすがコンロの周りに散る、「あっ猫じいごめん」
「いいっちゃ気にすんな。こんなん削って取ればええやん」と俺は蓋を外してハサミで擦ると簡単に取れた。
「なぁ」と俺。
あいちゃん、空の猫缶をコンロの火に載せる。高温になれば火が出るだろう。
あいちゃん、「出た!火が点いたぁ」
「マリア(きよのちゃんのこと)スマホで動画撮ってぇ」
きよのちゃん、バックを探って、「マリア(あいちゃんのこと)ごめん、今日スマホ忘れたぁ」
俺が、「ほんじゃぁ俺が撮ったる」と車からスマホを持って来て動画を起動した。
きよのちゃん、「このぉ!このぉ!」とかなえちゃんの顔を切り抜いたプリクラを火に投下する。
「ヤバい!めっちゃ楽しい」
二人、缶の中をかき混ぜるために竹の棒切れを持って来る。
あいちゃん、棒切れを触って、「熱い!」
「大丈夫か?火傷するなよ」
きよのちゃん、「うちは猫じいが火傷しないか心配!」
「な訳あるかいな。俺は大人ぞ。じじいぞ。自慢じゃねぇが俺は小学生のときぁ焚き火して飯炊いて食いよったけんな」
きよのちゃん、「凄い!」
最後には缶の中にねずみ色のどろどろした滓が貯まった。あいちゃん、棒でかき混ぜながら、「グロい!」
「これほんとユーチューブに上げていいんか?」
「プリクラの顔写ってない」とあいちゃん。
「大丈夫やろ。小さいし」
あいちゃん、「でも音声は加工してね」
「分かった。音は消して音楽入れて投稿したるわ」
動画、撮ったり切ったりして七つ貯まった。ウィンドウズムービーメーカーで繋げる。
友情の総括、プリクラ燃やしが一段落して、俺の斜め前の婆さんが町内会の回覧板を持って出て来た。
きよのちゃん、すかさず、「こんにちわ」
婆さんも答えて、「猫の餌やり毎日ご苦労さん」
『ありゃ、あのむっつり婆さんが返事しやがった』
俺は何も言わずに左手を軽く上げて回覧板を受け取ったが、「おばちゃん(名前は知っていたが)、二匹居った茶トラの一匹居らんごとなったね」
婆さん、「そうなん。突然居なくなったの」
続いて、「お嬢ちゃんたち、その茶トラをだんごって呼んでたね」
婆さんの姿が家に消えてから、「ありゃ、俺あの婆さんと初めて話したわ。ばってお前らがだんごって名前付けとったん知っとったな」
きよのちゃん、「猫じいうちのお陰だよ。うちが挨拶したから。でもうちらの話全部家の中で聞いてたんやね」
あいちゃん、「家の中、し~んとしてるから自然と聞こえるんじゃない」
燃えかすが入り込んだバケツの水を新しく替えて、ハサミとカセットガスコンロを家に持って上がった。あいちゃんときよのちゃん、猫を追って走り捲っている。
ふと給湯器を見たら種火が点いたままだ。外に出たらファンが回っている音がする。家とJRの土手に挟まれた猫の額ほどの庭に廻って確認して出て行こうとしたら、あいちゃんが俺を迎えに来た。ビッコをひいている。
「どうしたあいちゃん?また捻挫酷くなったんか?」
「マリアのせい。全力で走るからうちも付いていったら痛くなった」
あいちゃん、駐車場の突端に長く寝そべる。俺は踝の辺りを触ってやって、「まだ腫れとるなぁ」
「もうマリアのせいだかんね。全力で走るから。
きよのちゃん、「ごめんあいちゃん」とあいちゃんの左足を擦っている。
俺は笑いながら、「きよのちゃん、捻挫したのは右足じゃなかったか?」
あいちゃん、「うち月曜日学校行かな〜い。16日まで休む〜。あっ、16日は行く〜、食べたい給食あるからぁ」
きよのちゃん、「卒業式は出て来てよ」
「ねぇ猫じい、日曜日どこか連れて行ってぇ」ときよのちゃん。
あいちゃんも、「うち海響館がいい」
「って、あそこ入館料めっちゃ高いぞ」
あいちゃん、「いくらか調べとく」
「金が掛かるところより鴨がいっぱい居ってただで50円で餌やれるところならあるぞ」
二人、「そこでいい」
「うっ、ばって長府やからなぁ」




