25話 御約束的な展開。
突然の衝撃に驚きはしましたが、簡単に冷静さを失わない辺りは成長している証拠なんでしょうか。
それは兎も角、反射的に伸ばした右手が衝突した相手を倒れない様に掴み、支えます。ええ、考えて遣った行動ではなく、本当に条件反射でした。
「──っと、大丈夫ですか?」
自分が掴んだ左手に瞬間的に軸が移動し、それで一歩右足を下げただけで踏み止まれている。
よく有るベタな衝突する出逢いのシーンですが、少し間違うと捻挫や骨折は有り得る事ですからね。そういう意味では咄嗟に怪我をしない様に衝突した相手に手を伸ばす事は可笑しく有りません。
ただまあ、自分みたいな子供が相手だと普通なら驚きますけど。幸いにもホビットという存在が居るこの世界では大して気にされません。
黙っていれば基本的には勘違いされるでしょう。つまり、自分からバラさない限りは大丈夫。
そんな事は置いといて。
衝突した相手は予想通りに女性でした。一部には該当する可能性の有る男性も居る事でしょうけど。今回は予想外では有りませんでした──と言うか、最近は微かな匂いで男女の判別が出来るますから。動物っぽい自分の嗅覚が怖いです。
その件の女性ですが、パッと見では人族。年齢は大体十代半ば辺りでしょうか。
身長はユーネさんと同じ位で小柄。但し、母性の象徴は小さくは有りませんし、まだまだ成長途上と言った感じです。決して小さな訳では有りませんが普段自分が接しているアエラさん達が凄いですから比較してしまうと大人と子供な感じなんですよね。気にしていると感付かれるので止めて置きます。
腰辺りまで有るストレートの綺麗な亜麻色の髪、少し垂れ形ながらも円らな目鼻立ちは優し気だけど紺碧の瞳には意志の強さを窺わせる光が宿る。
それに似てはいませんが、彼女の姿に何処と無くフェリシアさんの姿が重なります。多分、貴族か、或いは高い身分だからなんでしょう。
そう考えると、関わらない方がベターな選択肢。──なんですが、【直感】が「否っ!、否否っ!、行くしか無いっしょっ!」と訴えています。
「何が、そうさせるの?」と訊きたいです。
「ぁ、はい、有難う御座います、大丈夫です
私の方こそ走っていたし余所見をしていたから……打付かってしまって御免なさい」
「いえ、御互いに怪我もしなくて良かったです」
どう思われているのか現時点では判りませんが、そう言って頭を下げる女性に悪印象は懐きません。寧ろ、身分的な事を考えると好印象です。
全員が全員という訳では有りませんが、基本的に特権階級の身分に有る者は態度が横柄ですからね。それは世界が違おうとも人類の性なんでしょう。
頭を上げた女性は申し訳無さそうにしています。これが演技なら相当な“猫被り”でしょう。
男を惑わすプロフェッショナルと言っても決して過言ではないと思いますよ。本当に。
「……あの、こんな事を唐突に訊くのは、失礼な事だと思いますが……ホビットの方ですか?」
「いいえ、人族です
よく間違われますけどね」
「──ぁ、ご、御免なさいっ……」
「気にしないで下さい、慣れてますから」
ええ、本当にね。よく間違われますから。
まあ、それ自体は自業自得なんです。以前よりも生活にも慣れて自由に動く事が増えましたからね。自然と年齢不相応な言動をしてしまう事は多々。
その為か、ホビットの男性と間違われています。特に良し悪しも無いので気にしてはいませんが。
「でも…………あ、それなら、打付かった御詫びの意味も含めて、ちょっと御茶でもしませんか?
勿論、代金は私が御支払いしますから」
「……判りました、御馳走に為ります」
「はいっ、それでは、行きましょうか
最近評判の御店で、行ってみたかったんですよ」
「そうなんですか、それは楽しみです」
話題を変えると共に表情を変える女性。意図的な作り笑顔という訳ではなく、天然っぽい印象。
しかも、ちょっとミーハーな感じは貴族よりかは裕福な庶民といった印象が強いので、前世の社会を想起させて自然と親しみを懐かせます。
まあ、そこまで自分はミーハーでは有りませんが流行り廃りに興味が向かない訳では有りませんが。人並みには興味を懐く、という程度です。
尤も、細い路地を歩いていたら、曲がり角で走る女性と打付かるという出逢いの方がミーハー的には興奮するべきポイントかもしれませんが。
「私は“アイナ”、貴男は?」
「シギルと言います、リーヴァインには観光で」
「リーヴァインの街はどうです?」
「初めて来ましたが、素敵な街ですね
先日のリヴ・カーニバルは本当に凄かったですが、個人的には今の──普段の街の雰囲気も好きです
華やかな大通りは行き交う人々に連動していて常に流行り廃りが有るでしょうが、少し大通りを外れ、小さな路地へと入れば彼方此方から、ひょっこりと顔を覗かせる様に長い歴史を感じられます
その在り方が、街の人々の想いが、街自体に滲んで息衝いている様で……っと、大袈裟でしたね」
「いいえ、そんな事は有りません
寧ろ、其処まで感じてくれている事がリーヴァインに住む者として、とても嬉しい事です」
そう言いながら屈託無く微笑むアイナさん。
演技ではなく、本心からの言葉と表情でしょう。あまり疑り深くは為りたく有りませんが、立場上、そうする必要は理解しています。胸が痛みますが。
それは兎も角として。
然り気無く、自分から「来訪者です」と明かして素性を引っ掛けに行ってみましたが、アイナさんはリーヴァインに住んでいる様ですね。
その上で高い身分となると……気に為ります。
フェリシアさんは貴族ですが、元冒険者ですから裏路地等に居ても可笑しくは有りません。
ですけど、アイナさんからは冒険者の人達が持つ特有の雰囲気や気配が感じられません。消しているという訳ではなく、無いんです。
だから、冒険者ではないでしょう。
そうなると余計に不釣り合いなんですよね。
こんな場所に一人で居るという事が。
勿論、御転婆な御令嬢なら屋敷を一人で抜け出す程度の事は遣るかもしれませんが。
アイナさんは、そういうタイプには思えません。寧ろ、真面目でしょうから出来無いでしょう。
そう考えてみても、違和感が拭えません。
まあ、意図的に自分に近付いた可能性だけは無いという事は間違い無いでしょう。
流石に素性を怪しまれる様な真似は……いいえ、気取られる様な迂闊な真似はしていません。
バレたら怪しまれそうな事を遣っている事自体は否定出来ませんので。
「リヴ・カーニバルの規模にも驚きましたが、話に聞いていましたが、あの風習は独特ですよね
アイナさんも参加されていたんですよね?」
「え、ええ……私は人混みが苦手なので長い時間は外出してはいませんでしたが……
それでも、あの雰囲気や熱気は大好きです」
「その気持ちは判ります
楽しみ方は人各々、色々と有るとは思いますけど、あの中に居るという事が楽しいんですよね
御祭り自体は世界各地に有る訳ですけど、それでもリヴ・カーニバルは特別だと思います
勿論、その土地の人々にとっては地元の御祭り自体特別な物である事は確かなんですけど……
そういうのは違った特別さが有る気がします
上手く言葉には出来ませんが……」
「……そうですね、私も上手く言葉には出来ません
でも、貴男の言う様に、特別な特別さが有る
その感じは私にも理解出来ます」
「まあ、だから、また来たくなるんでしょうね
商売って意味だと、物凄く上手な訳ですし」
「ふふっ、ええ、そうですね
とっても上手だと思いますよ、皆さん」
「はい、皆さん逞しく生きているという事ですね」
そう言ってアイナさんと笑い合う。
人に因っては皮肉と受け取られそうな言葉だけどアイナさんは意外と気にしませんでしたね。寧ろ、此方等が言いたい事を理解し、想像し、同意と。
その反応までもがフェリシアさんに重なります。
本当に容姿が似ている訳ではないんですけどね。あ、別にアイナさんがフェリシアさんに劣るという意味じゃあないんですよ?。フェリシアさんに比べアイナさんは幼い感じが有りますからね。将来性は言うまでも有りませんけど。
二人の雰囲気や価値観が、という意味でです。
他愛無い話題で談笑しながら路地を進んで行き、20分程歩いた所で目的地に到着しました。
“ラ・ルティーネ”と書かれた蔦の絡まった家をモチーフにした看板の掛かった御店。外観は小さなドアと簡素な白い壁で小さな丸窓が三つ。換気より明かり取りと装飾の意味の窓でしょう。パッと見、こじんまりしているか、縦長な間取りでしょう。
“隠れ家”とまでは言いませんが、その外観から一見しただけでは飲食店だとは思えません。全く中の様子が判らないのも一因ですが。
焦げ茶色のドアをアイナさんが開けば、付属するドアベルがチリンッと涼しげに鳴る。
風鈴もですが、この手の音って聞いているだけで涼しく感じるから不思議ですよね。
店主──喫茶店のマスターっぽい感じのアフロな白い髪が特徴の老齢の男性に迎えられ、奥の席へと促されてアイナさんと一緒に向かいます。
予想通りに縦長だった店内はテーブル席が五つ、カウンター席が八つ有ります。御客は半分程ですが今の時間帯的に考えると妥当な所でしょうね。
また客層が母子や若い辺り、アイナさんの言った様に最近評判になっているのも頷けます。
何時の時代も、何処の世界でも、口コミの中心は女性と子供が大多数を占める訳ですからね。
其処をターゲットにし、獲得出来るかが商戦では最も重要なポイントの一つだと言えますから。
そんな事を考えながら案内された向かい合わせにテーブル席に座ります。
──と、其処で大きな違和感を感じ──気付く。テーブルにメニュー表は無く、カウンターや店内の壁にも一切見当たらない。
そんな俺に気付いたアイナさんが小さく笑う。
「ふふっ、此処では注文はしないんだそうですよ」
「そうなんですか?」
「メニューの内容自体は日替わりなんだそうですが必ず飲み物とデザートのセットになっているそうで価格も一律130ルーダと決まっているそうです」
「へぇ~、ちょっと変わった仕組みですね
でも、何が出されるのか判らないから待ってる間はちょっとした宝探しみたいで楽しみです」
「はいっ、とってもワクワクします」
そう言いながらも胸中では「上手い商売だな」と感心せずには要られない。
勿論、味に自信が有るから出来る訳ですけど。
御客に選択権を与えず、日替わりで出すと為ると原価は一定でなくても構わない訳で。旬の材料から拘りの材料まで幅広く、無駄無く使い切れます。
価格も日本円で1300円なら、セットメニューとしては十分に利益は上げられるでしょうから。
それに内容が判らないから、御店に来てみないと良し悪しの判断も出来無いギャンブル性も面白く、確実にリピーターが付きそうな方法です。
──とは言え、ブラインド商法は信頼が肝心で、一度でも評判が悪くなれば立て直せません。
そういった意味ではハイリスク・ハイリターンな商売だと言えますから、真似ようと考える人は多分少ないでしょうね。俺も遣りたく有りません。
寧ろ、長く続けて行くなら数点のレギュラーに、季節限定・期間限定を数点という形が無難ですね。種類が十点を越えると売りや拘りがブレますから。まあ、今は御店を遣ろうとは思いませんけど。
一方、自分みたいに商売人目線では見てはいないアイナさんは子供の様に心底楽し気です。
年齢的には自分の方が下の筈ですが、少し前まで社会人だったからか、その純粋さが眩しいです。
口に出す言葉とは裏腹に金と思惑に塗れていると感じてしまう思考は不粋です。
でも、それを止められないのも人の性です。
だって社会の中で生きるには御金が必要ですし、稼がないと日々を食べては行けませんからね。
さて、それは兎も角としてです。
道中で気になる事が有りました。
こっそりマップを確認しながら移動していたから判ったんですけど……アイナさん、御店までの道を意図的に遠回りする様に選んで進んでましたね。
小道を知らないなら一旦大通りに出た方が御店に向かうには簡単ですし、早いです。その行き方なら10分と掛からなかったでしょう。
それに回り道出来る程に詳しいなら、マップ上で見ても判る近道が有りましたからね。それを通れば5分と掛からずに御店に着けていた筈です。
それらを踏まえて考えると、アイナさんは単純に遠回りをした訳ではなく、何かを回避していた。
そう考えるのが妥当な所でしょう。
一番無難なのは家人に見付からない様に街に出て来ているから連れ戻されない様に、ですかね。
そういうタイプには見えませんが……誰しも人は見掛けに由りませんからね。素顔は判りません。
ただ、その点以外には怪しい所は有りませんからアイナさんは真面目で優しい方でしょう。
「御待ち遠様、“モルズッカ”と、リヴ・ポンネのタルトだ、ゆっくり楽しんでってくれ」
「わぁ~、とっても美味しそうです」
「そうですね、それでは、頂きます」
「…………」
「……?、え~と……何か変な事しましたか?」
「え?、あ、いえ、そんな事は無いんですよ?
ただ、ちょっと珍しかったもので……」
「……済みません、具体的に御訊きしても?」
「…………その、ですね……貴男が先程していた、手を合わせて「頂きます」と言っていた事です
珍しい作法でしたので……」
「ああ、成る程、そうなんですね
普通に遣っている事ですから気にしませんでしたが確かに言われてみると他の人が遣っている所を見た記憶は有りませんね」
今気付いたという体で気にしていない様に言う。胸中ではヒヤヒヤ・バクバクしていますけどね。
すっかり馴染んでいたので失念していましたが、アイナさんの言った通り、珍しい事なんでしたね。アエラさん達には指摘されなかった事も有り、特に気にしては居ませんでしたけど……ああいや、多分自分が記憶喪失だから、ですね。訊いても判らない可能性が高いから何も訊かなかっただけでしょう。今夜にでも訊いてみる事にしましょう。
それはそれとして、此方等もアイナさんの一言が引っ掛っていたりします。
確かに作法と言えば作法な訳ですが、先入観無く客観的に見たなら、作法と言うよりかは御祈りと。そう思う気がするんですよね。
でも、アイナさんは初見で作法と判断した訳で。その最たる理由は既知だから、と。
そう考えてしまうのは可笑しくはない筈です。
まあ、だからと言って自分から探りに行く真似は危険ですから遣りませんけどね。
話を流しながらカップを手に取ります。
カップの中の茶色い液体は“コーヒー”ですね。ええ、前世のコーヒーと同じ製法です。今回の豆はモルズッカという銘柄で値段も御手頃な商品です。程好い酸味と苦味が甘い物と合います。
カップを口に運び、一口。
熱過ぎず温過ぎずの絶妙な加減には脱帽します。口内から鼻腔に抜ける香りも良いですね。
誘われる様にフォークを取ってタルトへ。大して力を入れずともフォークが沈み込む柔らかさですが形は崩れない事から生地の素晴らしさが判ります。
一口サイズにカットし、口に運べば、酸味の中に確かな甘味が有り、爽やかなリヴ・ポンネの香りが嫌味無く広がり、溶けて消えます。
「リュクッソに……ヴァッサの乾皮?」
「ほぉ~……坊主、よく気付いたな」
そう言いながら、マスターが皿に乗った大き目の六枚の“ラスク”を置いてくれます。
成る程、このタルトを乗せる訳ですか。
ザクザクの食感は想像するだけでタルトと素敵なマリアージュと為る事は確定でしょう!。
「ヴァッサの乾皮が欲しくて手作りした事が有って色々と試行錯誤して苦労しましたので……
だから結構、敏感に感じられるんです
ですが、デザートに使うのは……普通はポンネ系の乾皮を使いますから、思い付きませんでした」
「いやいや、君が初めて気付いたよ
普段からヴァッサを使ってる料理人でも乾皮だとは全く気付かずに悩んでいたからね
大したものだ、料理人を目指してるのかい?」
「いえ、単純に料理が好きなだけです
流石に料理人の方々の様には成れませんから」
謙遜ではなく本心です。冒険者志望ですから。
ただまあ、将来的な可能性は捨て切れませんが。冒険者を引退した後のセカンドライフで、とかね。流石に今から考える事じゃないんですけど。
職人気質な、“親方”っぽい雰囲気のマスターは楽し気な笑みを浮かべてテーブルから離れます。
何気に“坊主”から“君”に変わっていた辺り、腕前を認められたという事でしょうか。
擽ったい様な、でも、素直に嬉しく思います。
だって、一流の料理人から認められた訳ですから将来性込みの評価だったとしても。
嬉しくない訳が有りません。
「……凄いですね、初対面で“アーノルド”さんに誉められている人を見るのは初めてです」
そんなマスターの名前はアーノルドだそうです。意外な所からの情報に少し驚きましたが。
「珍しい物を見た」という表情のアイナさんが、此方等へと視線を移しながら呟きました。
「そうなんですか?」
「はい、アーノルドさんはリーヴァインでも屈指の腕前の料理人で、10年程前までは王宮の料理人を務めていて、1年前までは御屋敷に……っ……」
「御屋敷という事は……リヴァード家に?」
「そ、そうみたいです、今は職務から身を退かれ、個人で御店を開かれていますので……」
「ああ、だから新規店でも評判が高い訳ですね
そんな凄い経歴の方の料理が楽しめるので有れば、130ルーダは破格と言えますしね」
「はい、私も同感です」
口を滑らせたアイナさんだが、気付いてはいない振りをして話を続け、誤魔化せる流れにします。
当のアイナさんは逆らわず乗ってきましたが。
今の遣り取りで確定しましたね。アイナさんって間違い無くリヴァード家の関係者です。
ただ、興味が無かったんでリヴァード家の人達の個人情報は詳しくは知りません。──と言いますか積極的に関わりたくは有りませんから下手に探りを入れたりして気付かれたりしない様にします。
それに大体の事はアエラさん達に訊いたら必要な情報は聞けると思っていますからね。
態々好き好んで藪を突っ突く真似はしません。
1時間程、ゆっくりと談笑しながら楽しみまして御店を後にします。追加で一人前頼んでシェアし、七割をアイナさんが食べたのは余談です。
アイナさんの奢りでしたしね。
御店を出て直ぐに「御馳走様、さようなら」では味気無いですし、【直感】が「逃がすなーっ!」と煩く訴えていますから、暫し散策をします。
アイナさんに怪しまれない様に自然な体ですが。……いやまあ、意図的な分、不自然なんですけど。其処は、ぎこちなくはない様に、という事で。
ただですね、【感知】【探知】に引っ掛かってる追尾者が1名居ます。
偶々同じ方向に行く人は居なくは有りませんが、此方等が止まると近付きませんし、一定距離を保ち付いて来るなんて人、他には有りませんよ。
気付かれていないと思ってるんでしょうけどね。御生憎様、当方は未洗礼でもスキル持ちです。
「可愛い小物を扱っている御店が有るんですけど、良かったら見に行きませんか?」
「はい、楽しみです」
左手で、笑顔で頷いてくれるアイナさんの右手を握ると直ぐ側の小道へと入る。
瞬間的に死角に入ったと同時にアイナさんの腕を引っ張って体勢を崩すと所謂“御姫様抱っこ”をし有無を言わさずに駆け出す。
驚いていたアイナさんだが、背後に人の姿を見た瞬間に腕を回して抱き付いていた。
「しっかりと掴まってて下さい」と一言。
【並列思考】で状況等を把握しながらの逃走劇。一部が「役得役得ぅ~っ!」とか言ってますけど、今は忙しいので無視します。──と言うか、何故、この状況で気にするのが其方なのか。我が事ながら頭を抱えたくなります。確かに役得なんですが。
最新版のマップを持つ強みを活かし何度も何度も入り組んだ小道を曲がり、撒きに掛かります。
ただ、実際には、そう見せ掛けるだけ。
逆に向こうを誘き寄せるのが本当の狙いです。
追い掛けている方は追跡に思考を費やしますから自分が誘い込まれているとは中々思いません。
ですから──簡単に引っ掛かります。
「──はい、御疲れ様でした」
「────っ!?、がっ……」
アイナさんを下ろし、曲がり角で待ち伏せして、全速力で曲がって来た所に手加減して一撃。此方の背が低い為、良い感じで鳩尾に入ります。
倒れた追尾者を逃げながら途中で拝借しておいた縄を使って手足を縛り、顔を隠すフードを捲る。
露に為ったのは二十代後半位に見える髭面の顔。動きからして冒険者か、そういう類いの仕事をして生活しているだろう男性に当然ながら見覚えは無く背後に居るアイナさんの方に振り向く。
「アイナさん、この人に見覚えは有りますか?」
「…………いいえ、有りません」
「ふむ……では、付け回される心当たりは?」と訊きたくなる所ですが──此処は我慢。【直感】が一転して「クールに行こうゼ」と言ってます。
要は、アイナさんを泳がせる訳です。
まるで生き餌を使った釣りをしている気分です。まあ、ある意味、そうなんですけどね。
「アイナさんは可愛い方ですし、明るい人柄も有り男性から見たら魅力的ですからね
こういった不届きな輩が付け回す事も有りますか」
「…………ぇ?……あの、か、可愛いですか?」
「……?……はい、可愛いと思いますよ」
「──っ!!、そ、そうですか……」
………………おや?、何ですかね、この空気は。今の状況に適わないピンクのハートがアイナさんの背後や周囲に見えそうな雰囲気は。別に今、彼女を口説いたりしてはいませんからね?。感想ですよ、一般的な感想を言っただけです。
……まあ、余計な事は言いませんが。
取り敢えず、追及したりはせず、その場を後に。拘束した追尾者?。運が良ければ誰かに発見されて縄を解いて貰えるでしょう。まあ、見た目に怪しい不審人物ですから普通は突き出される筈ですが。
小道を避け人通りの多い通りへ向かいます。
もし、先程の追尾者が単独犯ではないのであれば再び誰かしらが同じ様な動きを見せるでしょう。
そうなれば、かなり大掛かりな事だと判るので、それに合わせた対応・対処を考えるだけです。
「……あ、あの、私と一緒に居たら、さっきの様に危ない目に遇うかもしれませんから……っ!」
彼是考えている一方で、アイナさんは気にしてか遠回しに「巻き込みたくないので……」的な感じで言って来たので再び手を握り、見詰めて笑う。
「それなら尚更、一人よりは二人でしょう
何より、自分も男ですからね
困っている女性を放っては置けません」
「ぁ……~~~~っ……」
──と、少々強気で押し切ります。
【直感】が「押せ押せ押せ押し倒せーっ!!」って違う方向に過熱していますから。うん、こんな所でアイナさんを押し倒すなんて真似遣りませんから。遣るなら何処か人目に付かない所で──って違う。いや、それはそれで、そうなんですけどね。
取り敢えず、顔を真っ赤にして俯いたアイナさんから許可にも等しい小さな首肯を得たので良し。
どの道、既に追尾者を倒したりして関わった以上無関係で終われるだなんて思ってはいませんから。それなら、きっちりと成果を得たいので。
ええ、リヴァード家からの御礼に期待してます。アイナさんとの一夜は、ハードルが高いので。
勿論、個人的には其方の方が嬉しいですけどね。色々と話が拗れそうですけど。
予定通りに人通りの多い方に移動して行きながらマップと【感知】【探知】で周囲を確かめます。
すると、あっさりと不審者2号こと追尾者2号が見付かりましたので、アイナさんを連れて誘導。
今回は走って逃げ回らずに楽し気に歩きながら、然り気無くアイナさんが人通りの多い場所を避けて道を選んでいる体を演出します。
距離的に此方等の会話は聞こえないでしょうからアイナさんが指差したりする仕草をする様に仕向けアイナさんには意識させず、追尾者に意識させて、じわじわと狩り場へと御案内。
空き家になっている建物に入り、アイナさんには残って貰い、自分は裏口から出て建物を迂回して、中の様子を窺っていた追尾者2号を背後から一撃で。ええ、滅茶苦茶楽勝です。
同じ様に縄で縛り、顔を確認しますが、やっぱりアイナさんに見覚えは無いそうです。嘘ではなく、本当に知らない人──また男性でしたが、見掛けた事も無いそうです。勿論、疑ってはいません。
それから自分も見覚えは有りませんでしたから、アイナさん狙いの可能性が高いでしょうね。
アイナさんに気付かれない様に分身体を使って、途中で擦り代わって追尾者2号を捕獲して尋問するという案も浮かびましたが、記憶消去の術は無く、抹殺する訳にも行きません。
【精霊魔法・水】でなら“記憶消去薬”みたいな代物も可能かもしれませんが……一か八かですし、効果も実証が出来ている訳では有りませんからね。それは流石に危ういので遣りません。
現時点では、次が居たら倒さずに上手く撒いて、其処から引きが有るかを試すべきですかね。
──なんて思っていたら、追尾者3号が。いえ、今回は4号も一緒みたいですね。
気付かれない様に極小の分身体を二つ落として、3号と4号に付着させます。これで盗聴&追尾する事が出来ますから情報収集も捗ります。
その結果によると、やはり狙いはアイナさんで。どうやら彼等は雇われた冒険者崩れの様です。
報酬目当てで……ああ、成る程、早い者勝ちと。だから、1号・2号は単独行動していたんですね。納得。人数多いと分け前が減りますもんね。
──という事は、この依頼を受けた者は複数で、リーヴァイン中に散らばっている可能性が高いと。網でも張らないと捕り切れませんね。
「────アイナさん、此方へ」
「──えっ!?」
まだ人通りの多い中、外からも見易い雑貨店へとアイナさんの手を引いて入る。
驚いているアイナさんには申し訳有りませんが、別に周囲の人達を巻き込むつもりは有りませんよ。ただ、少しばかり利用させて貰うだけです。
此方等が店内に入った事で男達は舌打ち。下手に手が出せなくなりますからね。
それを見越して、10分程店内で物色する振りを続けて──表の通りからは死角に為る御店の裏口を使わせて貰って、こっそり脱出します。
ですが、裏路地を使って隣の隣の御店に入る。
そして、男達の様子を二人で観察します。
すると、5分近く此方等の姿が見えない事に漸く気付いて慌てて店内へ。当然、アイナさんは居らず一人は裏口から辺りを探し、もう一人は悔しがるも依頼を達成する為に人手を集めに離れます。
撒かれている時点で「気付かれたか!」と彼方は認識しているでしょうからね。当然の選択です。
それに失敗したら自分達の身が危なくなる事は、想像に難く有りませんからね。必死でしょう。
まあ、所詮は使い捨てでしょうけどね。
「やっと気付いたみたいですね」
「……よく付いて来てる人が判りますね」
「視線には敏感な方なんですよ
力強くで来られないから距離を置くのは当然です
そうすると、より注視しなくては見失いますからね
だから、普通の視線とは別物に為るんです」
「そうなんですね……」
その説明に感心するアイナさん。嘘ではないので騙してはいませんが、種明かしは致しません。
それは兎も角として、此方等を探している3号の視界に態と映る様にしながら移動して行きます。
流石に相手もド素人や馬鹿ではないので、一人で勇み足になる様な事は有りません。
見失わない様にしながらも先程まで以上に慎重に距離を取りながら後を追って来ています。
さて、此処からの展開ですが、本気で遣った後の流れを考えると……ええ、正直、悩みます。
ただ、【直感】が幾つか有る選択肢の中の一つを猛プッシュしていますから、信じて遣ります。
人混みと大小有る路地を利用しながら人気の無い同じ街の一角とは思えない廃墟へと逃げ込みます。地元民でも近寄らないから知らない様な場所なのでアイナさんは知りませんでした。
疲れと安堵から倒れた石柱に座り込み、力を抜き肩で息をしていた呼吸を整えようとするアイナさんには申し訳有りませんが──休むには早いんです。
そんな考えを肯定するかの様に廃墟内に響くのは無遠慮に近付く幾つもの足音。
「逃げ切った」──という演技をしている自分は兎も角として、アイナさんは素でしたからね。
その狼狽振りは本物です。
そんなアイナさんを連れ、慌てて逆方向から外に逃げ出そうとしますが──既に回り込まれていて、逃げ道を塞がれてしまいます。
まあ、全部判ってて遣っていますけどね。それはネタバラしと同じなので言いません。
廃墟の中央、自分達を取り囲む様に輪を作るのは予想通りに登場してくれた追尾者御一行の23人。その中でもリーダー格っぽい、三十代後半位だろう身体の大きな髭面の男が若気ながら前に出て来る。
まあ、状況から見ても勝った気になるのは当然。見た目通りに子供だと侮られていても仕方の無い事ですから可笑しな事では有りません。
「随分と手間を掛けさてくれたな、御嬢様……
だが、もう何処にも逃がしゃしねぇよ
無駄な抵抗は止めて大人しくしな
そうすりゃあ、其処のガキは見逃して遣る」
「──っ!、それは…………っ……」
そう男に言われて、反射的に此方等を見てから、急に顔を伏せるアイナさん。真面目で優しい彼女の葛藤が手に取る様に判ります。
何と言おうと、アイナさんからしたら自分の事に巻き込んでしまっている事実は変わらない訳で。
こんな状況になれば嫌でも“最悪の中の最善”を考えてしまうものですからね。
ただまあ、それは飽く迄も一般論ですけど。
しっかりとアイナさんの右手を握り、向けられた眼差しを見詰め返しながら笑顔で頷いて見せる。
驚くアイナさんから視線を男へと移し、見据えて小さく肩を竦めて見せる。
「有り来たりな台詞ですね、少しは捻って下さい」
「あ゛あ゛?」
「大人しくすれば見逃す?、顔を見られて?
そんな子供騙しが通用する相手は身の程を知らず、自分が強者だと勘違いしている愚者だけです
──ああ、そうだから、通じると思うんですよね
済みません、貴男方には無理な要求でしたね
先程の言葉は忘れて下さい」
「このっ──糞ガキがーっ!」
安い挑発に簡単に引っ掛って輪から前に飛び出し殴り掛かって来る頭の悪そうな髭の濃い猿顔の男。
しかし、何だかんだで色々と可笑しな経験ばかり積んで来ている身からすれば、児戯にも等しくて。その辺の子供とは違い怒鳴られた程度では怯まず、冷静に動きを観察し、アイナさんの手を一瞬離して隙だらけの男の鳩尾へと【剛撃】付きの一撃を。
前に向かっていた男の身体はゴムボールみたいに一瞬で真後ろに向かって弾ける様に飛び、輪を作る男達を3~4人巻き込んで行った。
ボーリングなら両端残りのスプリットですかね。アレは取るのが大変なんですよ。三回に一回位ならスペアに出来てましたけどね。──なんて場違いな感想を懐ける程度には余裕が有ります。
一方、自身の想像を越えた現実に理解が及ばない男達は呆然としながら気絶した仲間達を見詰め──静かに揃って此方を見たのでサービスで笑顔を。
「さて、次は誰が飛んでみます?
どうぞ、遠慮せずに手を挙げて下さい
意外と楽しいかもしれませんよ?」
『────────っっっっっ!!!!!!!!????????』
「どうしました?、誰からでも構いませんよ?
決められませんか?、では──貴男からとか?」
「──っ!?、おお御前行けよっ?!」
「はあっ!?、何で俺がっ?!、巫山戯んなっ!」
「指名されたんだし、手前ぇが行けよっ!」
「それは誰も行かねぇからだろっ!
誰かが決まってねぇからじゃねぇかっ!」
「だから御前が────」
「──煩えぇっ!!、何グダグダ言ってやがんだっ!
高々ガキ一人にビビってんじゃねぇっ!!」
「で、ですが……」
「馬鹿がっ!、舐めて掛かって返り討ちに合った、それだけの事だ!
冷静に考えてみろ、まだ此方が数は多い!
状況は圧倒的に俺達が有利な事に変わりねぇっ!
それにだ!、このガキが強かろうが関係無ぇっ!
抑、このガキに用は無ぇんだっ!
だから構うな!、ガキ一人に何が出来る──」
「──あら、一人じゃないかもしれないわよ?」
『────っっっっっ!!!!!!!!!!!!????????????』
怖じ気付いていた仲間──仲間?、まあ、現状は運命共同体でしょうからね。それで構いませんか。正直、どうでもいい事ですし。
リーダー格の男が正論で建て直し掛けていた所に見計った様に声を掛けたのはアエラさん。
当然、リゼッタさん達も一緒です。
そして、男達が振り向いた隙に俺はアイナさんの手を再び掴みながら背を向けた連中を背後から襲い包囲網から脱出を図ります。
それに気付いて声を上げようとした者も居ますがユーネさんとアエラさんが一歩先に動いて潰して、難無くアイナさんをリゼッタさんにパスします。
其処からはメルザさんも加わり、一気に決着。
男達は一人残らず倒され、拘束されましたとさ。目出度し、目出度し。
「御姉ちゃんっ!」
そう言ってユーネさんに抱き付く。普段言わないユーネさんが言って欲しいランキング上位の言葉を躊躇う事無く使って気を引く。
別に怖かったとか寂しかった訳では有りません。その辺りは御間違え無い様に御願い致します。
この状況下で一番口を滑らせそうなユーネさんが余計な事を言わない様にする為です。自分の本気の実力は勿論ですが、アエラさん達との関係を疑われ詮索されても困りますから潰せる芽は潰します。
ですから、その意図を察したリゼッタさんからは「そのまま黙らせて置きなさい」とアイコンタクトを頂きました。判っておりますとも。
アエラさんは小さく苦笑、メルザさんは……少し羨ましそうにしていますから、後でフォローを。
さて、この展開ですが、偶然では有りません。
その種明かしをすれば、自分とユーネさんが共に持つ【直感】が共鳴し合った訳です。
勿論、ユーネさんの方は其処まで深く理解しての言動・判断では無かったと思いますけどね。
ユーネさんの【直感】が共鳴して働き掛け、宿に帰る道を逸れて自分達が居る方へと向かう。
此方等は此方等で【直感】がピンポイントで推す作戦・場所にて囮役に為ります。
後はマップと【感知】【探知】でアエラさん達の動きを把握しながら、調整していました。
まあ、そうは言っても他のスキルの効果も有って立案・理解・決断・実行が出来た訳ですからね。
そういう意味ではスキルを頂いた皆さんに感謝。特にユーネさんから得た【直感】が鍵でしたから、俗に言う「これも愛故に」な効果でしょう。
当のユーネさんは満足そうに自分を抱き締めて、御満悦状態ですから取り敢えずは成功でしょう。
アイナさんに見られた程度の実力なら、幾らでも誤魔化しは利きますし、先程もリーダー格の男から説明が有った様に油断していたと言えますからね。
その辺りは自分で言うよりも、リゼッタさん達に御任せします。墓穴を掘らない様に。
「────あ、あのっ!」




