第4話
路地を少し進むと、『飯処』と書かれた暖簾が見えてきた。そして男は迷うことなく、その暖簾をくぐっていく。
現状、他に行く当てもないので、私も男に続いた。外から見た印象よりも店内は広く、カウンター席のほかにテーブル席も並んでいた。
「いがぐりの旦那〜酒を1本頼むぅ!」
入店直後に男が大きな声でカウンターの向こうにそう叫ぶ。すると、店の奥から男が出てきた。私よりも背が低く、眉間には深い皺が刻まれている。いかにも気難しそうな顔つきだ。
「俺はいがぐりじゃなくて猪狩だつってんだろ。はぁ……ほら、酒だよ。」
「ありがとよ旦那ぁ!」
店主と思わしき人物が投げた酒瓶を受け取り、男はカウンターの真ん中の席に座る。
「ほら、一杯呑もうぜぇ。」
男が今貰ったばかりの酒瓶を直飲みしながら、隣の椅子を指差して私に座るよう促す。
ずっと突っ立ってるわけにもいかないし、折角店に入ったのに何も頼まないでいるのは迷惑なので、私は大人しく男の隣に座る。
「嬢ちゃんは何呑むかい?」
店主にそう言われ、私はメニューを探して店内を見回す。左側の壁に木の板に書かれたメニューが打ち込んである。
酒の銘柄と思われる文字が幾つも並ぶ中、右端にソフトドリンクらしき枠があることに気づく。
『うろん茶』『緑茶』『蜜柑』『桃』………。
「烏龍茶をお願いします。」
「へいよ」
烏龍茶があること自体驚きだが、『うろん茶』が「烏龍茶」と同一のものだった事にひとまず安心する。
「んでよ、伊吹。こんな別嬪さんひっかけて来るとはやるじゃねぇか。見直したぞ。」
「んあ?この娘っ子は別に俺の嫁さん候補じゃねぇぞ?」
「なんだよ。まぁ、見るからにこっちの人間じゃあねぇからな。偶然入った奴か?」
「ああ、林の神社で妖に襲われてたもんで、それを俺が助けたってわけだ。」
男は店主と相当仲が良いのだろう。酒を飲んでいるのもあるが、店主と一言交わすごとに男は楽しそうに笑う。
「へー、そりゃ災難だったな。嬢ちゃん名前は?」
「海鈴……海鈴凛です。」
「俺はここの店主をやってる猪狩ってもんだ。こいつとは昔からの酒仲間ってとこだな。まぁよろしくな。」
「よろしくお願いします」
なんというか、この世界に来てから初めて自己紹介をした気がする。本来こういうものは最初にするものだと思うのだが……。
「んあ!そういや俺も名乗ってなかったなっ!」
「おめぇ、名乗りもせずに連れ回してたのか!?海鈴ちゃんもよく着いて行ったなぁ。」
言われてみれば、名前も知らない男の人に無心で付いて行っていた。仕方がなかったとはいえ、確かに不用心だったかもしれない。今度からは名前を聞いてから付いて行こう。
「俺は伊吹だ。ちなみに伊吹ってのは名じゃなくて姓の方だからな。まぁ、短い付き合いだろうが、よろしくな。」
「よろしくお願いします」
そんなこんなで3時間程、2人の世間話を聞いていた。
「ん?誰か来たみてぇだ」
「この店に客なんて来んのか?」
「今のところ私達以外いないみたいですしね。」
猪狩さんの言う通り暖簾の向こうに誰か立っているようだ。一人のようだが、なにやら足が少し小さいように見える。




