第2話
この状況においてあまりにも場違いで、能天気な声が私の耳に入った。
「今時変わった奴もいるもんだなぁ〜!」
くぐもった、少し掠れた低音だった。それでいて、どこか幼さや腕白さを感じさせる声でもあった。
カツッ
カツッ
今までこちらをニヤけながら凝視していた"そいつ"はまるで私の事等忘れてしまったかのように、賽銭箱を睨みつけていた。
正確には、賽銭箱の上に座っている"その人"を睨みつけていた。
「かぁ~ッ、怖がるどころか受け入れてやらぁ!」
その男が少なくとも私と同じ世界を生きてきた人間と違うのは見て明らかだった。
袴というよりは甚兵衛に近い服装。所々破れていたり切れかかっていたりしている。髪はボサボサで、半壊しかかっている草履を履いている。
右手には徳利を持っており、グビグビと呑みながら顔を真っ赤にして話している。
「お前みたいな娘っ子はこっちでも中々居ねぇなぁ!」
酔いが回っているのか、一言終わるごとに声が大きくなっていく。まるで酔った時の篠草課長みたいだ。
カツッ
いつの間にか、"そいつ"は男のすぐ目の前に立っていた。顔色一つ変えずに向かって来た"そいつ"を男は不快そうに見つめる。
「んあ?」
ォ゙ボラギィ゙イ
黒板を爪で引っ掻いた時のような、耳を劈く不愉快な鳴き声が静かな境内に鳴り響く。
「るっせぇなぁ……。なんだよ、邪魔すんなってか?」
"そいつ"が男の言葉に頷く事はなく、代わりに今まで折り畳まれていた翼を精一杯広げ、もう一度。
ォ゙ボラギィ゙イ
「んな何度も鳴くなって!お前の声キーキーして好きじゃねぇんだよ。」
それまで罰当たりにも賽銭箱の上で胡座をかいて酒を呑んでいた男が立ち上がる。
立ち上がった男を一言で表すならば『大男』だろう。普通に歩くだけで鳥居に頭をぶつけそうだ。
肩幅もうちの会社のデスクに収まるのか?と心配になるほど広い。
「でか………。」
張り詰めた空気の中、動くに動けずにいた私がやっとの思いで放った言葉。
それ以上に気になることやツッコミたい部分が幾つもあったが、私の口から漏れ出たのはその一言のみだった。
「あっちで好きにすんのは勝手だがよぉ……こっちで悪さすんのはご法度だろう?いくら鳥でもそんぐらいわかるはずだがぁ?」
やはり鳥なのか……。
別に話に入っているわけでは無いし、そもそも男が一人で話しているだけなのだが、何故か話に置いていかれた気がしてならない。
「わかったなら今日のところは諦めろ。」
長い睨み合いの末、"そいつ"は名残惜しそうに私を一目見てから、逃げるように青紫の翼を広げて何処かへ飛んで行ってしまった。
その間も、男は酒をグビグビと呑んでおり、飛んで行く"そいつ"を一瞬見た後、こちらにのらりくらりと歩いてくる。
「大丈夫かぁ?お嬢さんよぉ。」
心配しているとは思えない口調に戸惑いながらも、私は身体を起こして会釈した。
「あの、ありがとうございました?」
「なんで疑問形なんでい?そこは素直に言ってくれちゃって良いんだぜぇ?」
「すみません、その、ありがとうございました。……では、私はこれで―――」
なんだか今日は疲れてしまった。早く家に帰ってお風呂に入って即就寝したい。
「ってちょい!何も聞かねぇのかぁ?」
「聞かないって……何をですか?」
「ん、そりゃ、あの鳥のことだとか俺のこととかじゃねぇのか?」
「あぁ、……はい。では、私はこれで―――」
そう言い、また軽く会釈してから振り返り、鳥居をくぐり、足早に参道を歩いて行く。
なんとなくだが、あそこに留まっていても良いことが無い気がする。
なんとか今起きたことを無かったことにして、"いつも通り"に戻ろうとした私の努力も虚しく――――。
「えっと……?」
私は確かに住宅街から参道に入ってあの神社に向かったはずだ。……それなのに、参道の先には住宅街どころか家一つ無い。
見る限り木、木、木。森だ。
私は溜め息をついて回れ右をする。空を見てみるとまだ紫色のままだった。
「あの、やっぱり説明お願いできます?」
「なんでい、戻ってきたのかよ?まぁ、それもそうか!来た道が無くなってるだろうからなぁ!」
この後私は、何故か得意気に笑うこの男と共に"向こう側"に行く羽目になる。というのはまだこの時の私は、うっすらとしか気付いていなかった。




