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酔へる浮世も悪くない  作者: 須賀零斗
第1章 

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第1話 



きっと、これは天罰。



いや、ある意味で言えば救済なのかもしれない。



今まで何も為してこなかった私を、目の前に佇むこの"化け物"が全て食べてくれると言うのだから。




―――――――――――――――――――――――――――



「海鈴ちゃんさぁ、ここ違ってるよぉ?」


「あ、すみません。……今すぐ直してきます。」


「別に良いんだけどさぁ、もう今月で何回目よ。もう新入社員って訳でもないんだからさぁ。しっかりしてくれないと。」



また怒られてしまった。



「海鈴さん大丈夫?ミスなんて最初のうちはよくあることよ。なんなら、私もこの仕事が終わったら手伝うわよ!」


「大丈夫です。まだまだ時間もあるので……。」


「そう?でも、何か困った事があったら言ってね?特に篠草課長に何か言われた時は遠慮せずに誰かに言うのよ!」



宮下さんはいつも優しくしてくれる。この間も昼休みにクッキーをくれた。


そんな宮下さんはこう言っているが、篠草課長も悪い人ではない。部署内では相当嫌われているらしいし、怒り方に棘があるのは否めないが……。


それに、今回も私が悪い。篠草課長が言っていることはどれも真っ当だし、与えられた仕事を完璧にこなせなかった私が悪い。



―――そう、私が悪い。



『昔から、私は何をするにも人並みだった。


勉強も運動も、特別得意なわけではないし、かといって芸術的な才能に恵まれているわけでもなかった。


寝る間も惜しんで夢中になったようなこともなければ、努力して何かを成し遂げようとしたこともない。


ただ、周りと同じように学校へ通い、卒業し、就職し、周りと同じように働いている。



世の人は、私のような人間を"平凡な人間"と呼ぶのだろう。


それ自体は、別に悪いことではないだろう。


それに平凡でも幸せな人はいる。特別な才能がなくたって、人生を楽しむことはできるはずだ。



―――それでも、私はどうしても、そう思うことができなかった。



何かを成し遂げたわけでもない。



誰かに誇れるものがあるわけでもない。



何をするでもなく、ただ毎日を淡々と過ごし、いずれは老いて死んでいく。


そんな人生に、一体どんな意味があるのだろうか。


……いや。


そもそも、私の人生に意味などあるのだろうか。』



「はぁ〜、海鈴ちゃんやっと終わったのぉ?」


「すいません……。」


「まぁ、今日中に終わらせてくれたからいいけどさぁ……。もう海鈴ちゃん上がっていいよぉ、定時だしぃ。」


「ありがとうございます。お疲れ様です。」



帰宅ラッシュに揉まれながら電車に揺られ、いつも通り最寄り駅で電車を降り、いつも通り家へと向かう―――つもりだった。



仕事が終わったからといって、特にすることがあるわけでもない。会社から家まではそう遠くなく、時刻もまだ六時を過ぎたばかり。


夏の夕暮れは、仕事終わりだというのにまだ明るかった。


前々から計画していたわけでも、普段から通っているわけでもない。


それなのに、気づけば私は、家へと続く道から外れ、神社のある林へと足を向けていた。


近くに高校があるのと時間帯が相まって、神社へと向かう道中は学生がそれなりに歩いていた。



参拝している間も人気はなく、境内の周りと参道が林に囲まれているのもあって聞こえるのは草葉が擦れ合う音と虫の声のみ。


参拝を終えてしまった以上、特にすることもないので家に帰ろうと、鳥居をくぐり、お辞儀をしようとした瞬間、カラスの鳴き声が聞こえた。



カァーッ



「……え?」



鳥居の上にいたカラスに気を取られた一瞬のうちにして景色が変わった。大まかに何かが変わっているわけではないが、明らかに先程とは雰囲気が違う気がする。


空の色は夕暮れにしては少し紫味が強い独特な色をしているし、神社からは何か異質な空気を感じる。



カツッ



今度は背後から音がした。


私の背後にはこの神社に来るために私も通った少し長めで一直線の参道がある。敢えて音をたてないように歩いていたわけでないのなら、ある程度音が鳴るはずなのだが……。


このままここから自分が動かないのも迷惑なので、早々に立ち去ろうとして振り返る。



「あ……」



私が後ろにいると思っていた"その人"の姿はない。代わりに、目の前に立ち塞がる人と同じ程の大きさのある鳥がいた。



「ば、化け物……」



咄嗟に出たその言葉は目の前の"そいつ"を現すのに最も的確だろう。


ダチョウだとかエミューのようなものだったらまだ良かったものの"そいつ"の顔は鳥というよりは人間や猿等の類人猿に近い。


更に言うならば、胴体も動物園で見るような陸上の鳥類とは少し違う。一番近しいもので言うと鶏だろうか。


色味も青や紫が基調で、私は生まれてこのかたこんな生物を見た事が無かった。



「あ……ぁ」



冷静に観察しているのとは裏腹に、私は尻餅をつき、神社の方へと後ずさっていく。


人間のようで人間とはまるで違う。鳥のようで鳥とは全く違う。その未知の存在に私は恐怖を感じていた。


人間としての本能が私をこの未知の生命体から遠ざけようとしていた。


当然"そいつ"はそんな事など気にする様子もなく、私に一歩。



カツッ



また一歩と近づいて来る。



カツッ



獲物を捉えたかのような鋭い眼光をこちらに向けているのと同時に、くちばしに代わりにそこについている口はどこか嗤っているようだ。



『殺される』



まだ何をされたわけでもないというのに、直感していた。このまま"こいつ"の前にいれば私はいずれ食べられてしまう。逃げなければ………。



逃げなければ………?



逃げる?



『私の人生に意味などあるのだろうか?』



まるで走馬灯の様に今日考えていた事がフラッシュバックする。



きっと、これは天罰。



いや、ある意味で言えば救済なのかもしれない。



今まで何も為してこなかった私を、目の前に佇むこの"化け物"が全て食べてくれると言うのだから。


先程とは打って変わって、私の顔に抵抗の意思は消えていた。一切の躊躇いも無く化け物に食われようと、目を瞑った。



「今時変わった奴もいるもんだなぁ〜!」




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