終焉への下準備
翌朝――
世界は、雷神が大地を殴りつけたような轟音で目を覚ました。
夢と現実の境界が、その一撃で粉々に砕け散る。
「……っ!」
身体が勝手に跳ね起きる。
胸が鐘のように激しく鳴り、耳の奥ではまだ爆音が木霊していた。
「何だ……?」
寝ぼけた頭では理解が追いつかない。
父が料理で鍋でも爆発させたのだろうか。
そんな馬鹿げた考えが一瞬だけ脳裏をよぎる。
僕は枕元の時計へ視線を向けた。
**七時七分。**
父なら、とっくに会社へ向かっている時間だった。
家の中は、不気味なほど静まり返っている。
静寂は、嵐の目のように息を潜めていた。
嫌な予感が胸の奥でゆっくりと根を張り始める。
僕は靴もろくに履かず、玄関の扉を勢いよく開け放った。
その瞬間だった。
世界が、燃えていた。
青空を泳いでいたはずの雲は、黒煙という名の墓標に塗り潰されている。
空を裂く無数の飛翔体は、渡り鳥ではない。
死を運ぶ鋼鉄の群れだった。
轟音を響かせながら、大地へ牙を突き立てていく。
爆炎が咲く。
それは花ではない。
人々の命を養分に咲く、真紅の徒花だった。
「……爆弾?」
信じられなかった。
昨日まで笑い声で満ちていた街が、一夜にして地獄へ塗り替えられている。
熱風が肌を焼く。
砂埃が雪のように舞い上がり、視界を白く閉ざした。
僕は反射的に目を閉じ、腕で顔を覆う。
耳には悲鳴が突き刺さる。
建物が崩れる音。
誰かを呼ぶ声。
泣き叫ぶ子どもの声。
それら全てが濁流となり、僕の鼓膜を殴り続ける。
「誰が……こんなことを。」
震える声は、自分でも驚くほど小さかった。
その問いに答える者はいない。
けれど。
胸の奥で、何かが静かに囁いた。
――これは偶然じゃない。
――誰かの意思だ。
風が止む。
砂煙がゆっくりと幕を下ろす。
僕は恐る恐る目を開いた。
そこに広がっていたのは、見慣れた街ではなかった。
赤黒い海だった。
石畳は血を吸い、家々は骨だけになった獣のように崩れ落ちている。
昨日まで笑っていた人々は、人形のように動かなかった。
誰も…
誰一人として。
「……あぁ。」
喉が締めつけられる。
声にならない。
世界そのものが息絶えたようだった。
その時だった。
背中を、灼けた鉄杭で貫かれたような激痛が走る。
「がっ……!」
呼吸が止まる。
視界が白く弾け、膝から崩れ落ちた。
身体の感覚が遠のいていく。
耳鳴りだけが、やけに鮮明だった。
最後に見えた空は、煙に呑まれた灰色の空。
まるで世界そのものが、静かに泣いているようだった。
そして僕の意識は、深い闇の底へ沈んでいった。




