不穏な風向き
「アテーナ?」
エーギルの声で、僕は現実へ引き戻された。
僕のことを心配してくれて戻ってきたらしい。
「……ごめん。少し昔のことを思い出してた。」
そう言うと、エーギルは何も聞かなかった。
きっと彼も同じ記憶を抱えている。
あの日のことを。
失った仲間たちのことを。
僕たちはそれ以上、過去について話さなかった。
「じゃあ、俺は行くな。」
エーギルは軽く手を上げる。
「また今度、時間作れよ。」
「もちろん。」
僕も手を振り返した。
エーギルの姿が人混みに消えていく。
その背中を見送りながら、僕は小さく息を吐いた。
二年前。
全てが変わった日。
だけど今は違う。
世界は平和だ。
悪魔も。
天使も。
ネフィリムも。
互いを憎むことなく暮らしている。
あの日のような悲劇は、もう起こらない。
僕はそう信じていた。
◇
家へ帰る頃には、空は夕焼け色に染まっていた。
「ただいま、父さん。」
「おかえり。」
台所から父の優しい声が返ってくる。
「遅かったじゃないか。少し心配したよ。」
「ごめん。久しぶりにエーギルと会って、話してたんだ。」
「そうか。」
父は安心したように笑う。
「友達との時間は大切だからね。」
その言葉に胸が温かくなる。
父はいつもそうだった。
僕のことを否定しない。
何を選んでも、静かに背中を押してくれる。
「さて。」
父は鍋の蓋を開ける。
甘酸っぱい香りが漂う。
「レモネード、作ろうか。」
「待ってました。」
思わず笑みがこぼれる。
その日の夕食は、いつもと変わらない幸せな時間だった。
父とくだらない話をする。
料理を褒める。
笑う。
そんな当たり前の時間。
僕は、その当たり前こそが一番大切なものだと思っていた。
だから。
この時間が最後になるなんて。
この時の僕は、知るはずもなかった。
◇
翌日の夜。
世界は大きく変わった。
ロザート王国国王から、全世界へ向けて声明が出された。
『一般人の魔法使用禁止法を廃止する』
その知らせを聞いた時、僕は驚いた。
「魔法を……誰でも使えるようにする?」
思わず魔力モニターの画面を見る。
画面の中で、ロザート王は穏やかな表情を浮かべていた。
『魔法は恐れるものではない。正しく使えば、人々の生活を豊かにする力となる』
国民へ語りかけるその姿は、まるで以前から知っている英雄そのものだった。
街では喜ぶ声も多かった。
魔法が使えるようになる。
生活が便利になる。
新しい時代が来る。
そう期待する人々。
でも、、、
僕の胸には、わずかな違和感が残った。
魔法は便利な力だ。
同時に、人を傷つける力でもある。
二年前の経験が、僕にそう教えていた。
「大丈夫かな……。」
小さく呟く。
けれど、すぐに考え直した。
疑いすぎだ。
ロザート王は平和を作った王だ。
三国を繋いだ英雄だ。
きっと、何か考えがある。
そう思い込むことにした。
そして僕は眠りについた。
明日も変わらない日常が続くと信じて。




