僕が騎士をやめた理由3
魔物の咆哮が商店街に響き渡る。
その声だけで、身体が動かなくなりそうだった。
今まで訓練で戦ってきた相手とは違う。
目の前にいるのは、命を奪うためだけに存在するものだった。
「動け!」
騎士団員の怒声が響く。
「止まれば死ぬぞ!」
その言葉で、僕の身体がようやく動いた。
剣を抜く。
手が震えている。
握っているはずの柄が、自分のものではないように感じた。
「アテーナ!」
横からエーギルの声が飛ぶ。
次の瞬間、巨大な腕が僕たちのいた場所を薙ぎ払った。
地面が砕け、瓦礫が舞い上がる。
「ぼんやりするな!」
「……悪い!」
僕は慌てて後ろへ飛び退く。
魔物はゆっくりとこちらを見る。
まるで獲物を選んでいるようだった。
「くそっ……。」
エーギルが歯を食いしばる。
「こんなの、訓練で勝てる相手じゃないだろ。」
その声には恐怖が混じっていた。
当然だ。
僕だって怖い。
逃げたい。
今すぐこの場所から離れたい。
でも…
後ろには逃げ遅れた人がいる。
そうゆうのを守るために騎士になる。
そう誓ったはずだ。
「行くぞ、エーギル。」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「俺たちも時間を稼ぐぞ。」
エーギルが僕を見る。
そして、小さく笑った。
「やっといつもの顔になったな。」
「何それ。」
「さっきまで死にそうな顔してたぞ。」
「余計なお世話だよ。」
一瞬だけ、いつもの空気が戻る。
でも次の瞬間。
魔物がこちらへ向かって走り出した。
「来るぞ!」
エーギルが叫ぶ。
僕たちは左右へ散った。
魔物の爪が空を切る。
速い。
大きい。
重い。
一撃でも受ければ終わる。
僕は必死に剣を振った。
だが、硬い。
刃が弾かれる。
「嘘だろ……。」
その隙を狙い、魔物が腕を振り上げる。
避けられない。
そう思った瞬間。
「アテーナ!」
エーギルが僕の前へ飛び込んだ。
彼の魔法が発動する。
地面から岩壁がせり上がり、魔物の攻撃を受け止める。
轟音―
岩壁は一瞬で砕け散った。
だが、その僅かな時間で僕は距離を取れた。
「助かった。」
「礼は後だ。」
エーギルは息を切らしながら笑う。
「生きてる限りは…死ぬ気で行くぞ。」
僕は頷いた。
その後、僕たちは何度も倒れそうになった。
仲間が倒れていく。
昨日まで一緒に笑っていた同級生が、
夢を語り合った仲間が、
一人ずつ戦場から消えていく。
「下がれ!」
騎士団員の声が響く。
「後は我々がやる!」
残った騎士たちが前へ出る。
彼らの鎧は傷だらけだった。
誰も無傷ではない。
それでも剣を握っていた。
その姿を見て、僕は思った。
これが騎士なのか。
誰かを守るために、自分が傷つくことを選ぶ存在。
憧れていた姿だった。
でも――
同時に、怖かった。
魔物が最後の抵抗を見せる。
黒い腕が騎士団長へ迫る。
「危ない!」
しかし、騎士団長は避けなかった。
魔物の黒く暗い爪は団長の鎧を貫通していた。
「やっと捕らえた…これで終わりだ。」
剣に魔力が集まる。
眩しい光が商店街を照らす。
「聖剣術――」
一閃。
魔物の動きが止まった。
次の瞬間、巨大な身体がゆっくりと崩れ落ちた。
静寂が訪れる。
終わった。
そう思った。
けれど。
周囲を見渡した瞬間、僕は理解した。
終わってなんかいない。
失ったものは、戻らない。
倒れている仲間、
壊れた街、
もう二度と笑わない人々、、、
僕は剣を握ったまま、その場に立ち尽くしていた。
そのときになって、ようやく気づいた。
震えていたのは、戦う前だけじゃない。
今もまだ、僕は怖がっている。
強大な力を持ったとき、率先して死にに行くことが。
誰かを守れなかったときの責任が…
…この日、僕は騎士になる覚悟を失った。




