決着
「闇の底より目覚めよ」
僕は静かに詠唱を始める。
「永き眠りにつく者たちよ。我が魔力を糧とし、その姿を現せ」
「その力を以て、我が敵を退けろ」
地面に黒い魔法陣が浮かび上がる。
そこから現れたのは――
九体の屍兵。
かつて命を持っていた者たち。
今は僕の魔力によって動く存在。
「屍兵」
僕はエーギルを指差した。
「奴を止めろ」
命令と同時に。
九体の屍兵が一斉に走り出す。
だが。
エーギルは動じなかった。
むしろ。
少し悲しそうな顔をしていた。
「アテーナ……」
「君とは」
「本当は、分かり合いたかったよ」
その瞬間。
エーギルは詠唱を始めた。
「月なき夜の理に従い」
「その身に眠る本能を呼び起こせ」
「獣の力を与え、魔の血を宿せ」
「汝、人の道を外れし存在となれ」
「ヘル・クリーチャー」
エーギルの魔法が放たれる。
四体の屍兵の姿が変化していく。
骨と肉。
魔力と本能。
それらが混ざり合い。
異形の魔物へと変わった。
「……」
僕は息を飲む。
だが迷っている暇はない。
「屍兵」
「右の奴を止めろ」
「魔物」
「屍兵を狙え」
魔物たちは僕の命令通り動いた。
向かってきた魔物は。
次々と屍兵へ襲い掛かる。
そして。
「ヴォォォォォォォォォ!」
魔物の咆哮が響いた。
次の瞬間。
屍兵たちは押し切られる。
僕が作った兵士たちは。
次々と倒れていった。
「……」
最後に残った魔物たちが。
ゆっくりと僕を見る。
(やるしかない)
(ここからは)
(僕一人で)
「アイス・ランス」
無数の氷の槍が空中に現れる。
「貫け!」
一体の魔物へ集中させる。
氷の槍が突き刺さり。
その動きが止まる。
「残り……三体」
その時。
エーギルが手を地面へ向けた。
「サンドロック」
砂が地面から伸びる。
僕の足元を包み込み。
動きを封じる。
「っ……!」
(まずい)
(まだ)
(エーギルには一撃も届いていない)
焦る。
でも。
止まるわけにはいかない。
僕は迷わず。
拘束された足へ魔力を集中させた。
「……ごめん」
そして。
残った力を振り絞る。
「絶対零度」
周囲の空気が凍る。
魔物たちは一瞬で動きを失った。
三体とも。
氷の中へ閉じ込められる。
だが。
同時に。
僕の魔力も限界だった。
もう。
まともに魔法を使える力は残っていない。
エーギルが僕を見る。
「アテーナ」
「君とは」
「本当に分かり合いたかったな」
そして。
静かに魔法を唱える。
「ヘル・クリーチャー」
その瞬間。
僕の視界が揺れた。
誰かに引かれる感覚。
体が後ろへ運ばれていく。
エーギルとの距離が離れる。
(誰だ……?)
(でも……)
(屍兵はもういないはず……)
僕は顔を上げる。
そして。
言葉を失った。
「……っ」
そこにいたのは。
僕が最も信頼していた人。
「やあ」
「アテーナ君」
「トーマス……?」
声が震える。
「トーマス!!」
トーマスはいつものように笑った。
「久しぶりだね」
「屍兵として呼んでくれたんだろ?」
「敵は……エーギルか」
「なら」
「まだ戦える」
トーマスは僕へ手をかざす。
回復魔法。
温かい光が僕を包む。
「足は……完全には戻せない」
「でも」
「戦える形にはする」
そう言って。
代わりになる足場を作る。
「ありがとう……」
僕は剣を握る。
トーマスは前を見る。
「行こう」
「アテーナ君」
「今度こそ」
「一緒に」
二人でエーギルへ向かう。
「幻影魔法――ナイトメア」
トーマスの魔法がエーギルの視界を奪う。
「サンドストーム」
砂嵐が吹き荒れる。
「アイス・ランス」
氷の槍が飛ぶ。
ついに。
僕の攻撃がエーギルへ届いた。
だが。
エーギルは倒れない。
「……やっぱり」
「強いな」
エーギルは砂を操る。
砂が形を変え。
巨大な獣のような姿になる。
「スリープナイト」
トーマスが魔法を放つ。
しかし。
効かない。
「屍に何ができるんだ」
エーギルが剣を振る。
トーマスは受け止める。
「屍……?」
トーマスは笑った。
「そうかもしれないね」
「でも」
「僕たちは道具じゃない」
「君がそう思っていたとしても」
剣を握り直す。
「見せてあげるよ」
「道具と呼ばれた者の意地を」
エーギルの攻撃を受け止める。
その隙に。
僕は走った。
空中へ飛んだ剣を掴む。
トーマスがエーギルを押さえる。
「アテーナ君!」
「僕ごとでいい!」
「……ありがとう」
「君ともう一度会えて」
「本当に良かった」
僕は剣を振り下ろす。
エーギルへ。
そして。
トーマスへ。
光が消える。
トーマスの姿が少しずつ薄れていく。
「またね」
最後に。
そう言った気がした。
「トーマス……」
エーギルはまだ倒れていなかった。
だが。
もう限界だった。
「はぁ……はぁ……」
「アテーナ……」
エーギルは僕を見る。
「俺は……」
「何を言われても」
「天使を許せない」
「でも……」
「アウトサイダーの皆は違う」
「俺が……巻き込んだ」
「俺の復讐に……」
エーギルは目を閉じる。
「だから」
「最後くらい」
「勝者として」
「責任を果たせ」
僕は黙って剣を握る。
そして。
長かった戦いに。
終わりを告げた。




