葛藤
今朝は晴れていた。
雲一つない空。
降り注ぐ光は暖かくて。
まるで、天使という存在をそのまま表したような空だった。
「……」
僕は空を見上げる。
こんなにも穏やかな朝なのに。
これから向かう場所では、きっと戦いが起こる。
今日はロザート様も制圧戦に参加する。
理由は分かっている。
エーギル達を誘き出すためだ。
僕という存在を餌にして。
……いや。
もう違う。
僕はもう決めた。
腹は括っている。
迷いは捨てた。
そう思っていた。
ただ。
緊張だけは消えなかった。
胸の奥がざわつく。
怖いのか。
それとも。
まだ何かを期待しているのか。
分からない。
「人の心なんて……」
僕は小さく呟く。
「もう捨ててきたつもりなのに」
その時。
ロザート様が前へ出た。
「全軍」
声が響く。
その場にいた全員が静まる。
「出撃だ」
兵士たちが武器を構える。
「我々に歯向かった者には、容赦する必要はない」
「必ず勝つぞ」
そして。
ロザート様は前を向く。
「……進め!」
その号令と共に。
軍が動き出した。
僕も馬に乗る。
向かう先は、ネフィリムとの国境。
そこには。
元々、僕たちの拠点があった。
エーギル。
ジェシー先輩。
ベルさん。
トーマス。
皆は。
そこにいるのだろうか。
「……」
考えるほど、手綱を握る手に力が入る。
もし会ったら。
僕は何と言えばいい。
謝るのか。
戦うのか。
それとも――。
答えは出なかった。
◇
一日後。
日が沈み始めた頃。
僕たちは街へ到着した。
しかし。
そこにあったのは。
かつて人が暮らしていた場所とは思えない景色だった。
建物は崩れ。
道には静けさだけが残っている。
まるで。
世界の終わりを映したような光景だった。
「……」
誰も言葉を発しない。
そんな中。
ナナが壁を見上げる。
「いつ見ても高い壁なの」
目の前には巨大な城壁。
簡単には越えられない高さだった。
「これ、どっから入るんだよ」
シンが腕を組む。
「ロザート」
ロザート様は壁を見ながら考える。
しばらくして。
「登る」
短く答えた。
「空を飛べる者は壁の上へ」
「そこから縄を垂らせ」
「それを使って全員で登る」
「了解!」
返事と共に。
空を飛べる兵士たちが次々と飛び上がる。
その数は約五十。
壁の上へ到達すると。
一人の兵士が手を振った。
「こちら、準備できました!」
合図。
ロザート様が頷く。
「よし」
「登るぞ!」
シンが先頭で縄を掴む。
その瞬間だった。
「――え?」
壁の上にいた兵士の姿が消える。
次の瞬間。
空から何かが落ちてくる。
ドンッ。
鈍い音。
誰も理解できなかった。
何が起きたのか。
しかし。
一人ではなかった。
次々と。
空を飛んでいた兵士たちが落ちてくる。
「……」
空気が凍る。
「全員降りろぉ!!」
シンが叫んだ。
だが。
遅かった。
壁にかけた縄が燃え始める。
夕日の色と同じ赤。
炎が縄を包み込む。
「そんな……」
誰かが呟く。
「やだ……」
「嫌だ……」
恐怖が広がる。
その時。
落ちていく兵士が上を見る。
そこには。
壁の上からこちらを見下ろす人物がいた。
「大隊長」
その声。
聞き覚えがある。
「アテーナを発見しました」
ベルさん。
でも。
以前とは違っていた。
髪は短くなっている。
雰囲気も変わっている。
それでも。
間違えるはずがなかった。
「……ベルさん」
その瞬間。
もう一つの声が響いた。
「全軍」
「アテーナを奪還せよ」
エーギル。
その姿を見た瞬間。
胸が締め付けられる。
森の奥から。
次々と人が現れる。
スレイバー。
ジェシー先輩。
知らない顔もいる。
でも。
間違いなく。
僕がかつて共に戦った仲間たちだった。
「よぉ」
エーギルがアラロスを見る。
「アラロス」
「次は負けねぇからな」
挑発。
しかし。
アラロスは反応しない。
ただ静かに立っている。
「……」
その時。
ロザート様が前へ出た。
「少し」
「話をしないか」
空気が変わる。
エーギルは警戒する。
「お前らと話すことなんかねぇだろ」
ロザート様は続けた。
「今ここで」
「アテーナに決めてもらう」
「どちらにつくのかを」
その言葉に。
アウトサイダー側がざわめく。
「……何?」
「アテーナが?」
皆が僕を見る。
そして。
ロザート様が叫ぶ。
「さあ、アテーナ」
「どちらの味方になるのか」
「今ここで宣言しなさい!」
声が響く。
全員の視線が集まる。
僕は目を閉じた。
一呼吸。
二呼吸。
頭の中に浮かぶ。
トーマス。
ジェシー先輩。
ベルさん。
エーギル。
グレゴリウス。
ロザート。
そして。
失われたもの。
僕はゆっくり目を開ける。
そして。
口を開いた。
「僕は……」




