戦況
「全員、卓についたな」
ロザートの声が響く。
「では始めよう」
広い会議室。
そこにはロザートを始め、グレゴリウス、ロールズ、四翼たちが集まっていた。
僕もその中にいる。
本来なら敵の会議室。
本来なら、ここに座っているはずのない場所。
なのに。
今の僕には、ここから出る方法すら分からなかった。
「戦況の報告を」
ロザートが視線を向ける。
「四翼、よろしく」
最初に口を開いたのはナナだった。
「報告するの」
いつもの淡々とした声。
「港町の部隊は――」
一瞬、間を置く。
「四翼ニッセ死亡」
その言葉に、空気が変わる。
「他、数百名死亡または行方不明なの」
「戦果は、敵幹部一名撃破」
「一部隊を全滅」
「その他、若干名の撃破を確認」
「以上なの」
次の瞬間。
会議室が沸いた。
「四翼を倒したか!」
「大きな戦果だ」
「これで戦況はこちらに傾く」
誰もが勝利を喜んでいる。
当然だ。
敵の幹部を倒した。
それは大きな勝利なのだろう。
でも。
僕は喜べなかった。
むしろ。
怖かった。
こちら側の被害も大きすぎる。
数百人。
それだけの命が失われた。
そして。
その中には――。
「……トーマス」
名前が頭に浮かぶ。
僕は俯く。
ごめん。
本当にごめん。
俺はもしかしたら。
本当に裏切るかもしれない。
それでも。
許してくれ。
そんなことを考えていると、次の報告が始まった。
筋肉質な男が立ち上がる。
「報告するぜ」
「相手拠点についてだ」
「幹部補佐、ラピスの亡骸だけは回収した」
「ロザート様とロールズ様へ献上する」
「その他、数十名死亡」
男は少し顔をしかめた。
「戦果は、幹部一名撃破」
「だが……」
「他の奴らは」
「行方不明だ」
「悪い」
「逃がした」
その瞬間。
僕の中で何かが止まった。
「……え?」
声が漏れる。
聞き間違いであってほしかった。
でも。
違った。
「行方不明」
つまり。
生きている可能性もある。
でも。
死んでいる可能性もある。
「嘘だろ……」
頭の中に顔が浮かぶ。
トーマス。
ベルさん。
もし。
もしあの時。
僕が一緒にいたら。
トーマスは死ななかったのか?
そんな考えが頭から離れない。
吐き気がする。
息が苦しい。
この場所にいること自体が、急に怖くなった。
僕は。
何をしているんだ。
トーマスたちを倒した相手の場所で。
その相手から話を聞いて。
その相手の力を借りようとしている。
「……」
その時。
一つの記憶が蘇る。
トーマスとの会話。
あいつは。
エーギルを疑っていた。
まさか。
いや。
でも。
もし本当にエーギルが何かを隠しているなら?
僕も疑うべきなのではないか。
だけど。
エーギルは。
ずっと一緒にいた。
友達だった。
信じたい。
でも。
信じ切れない。
頭の中で、二つの考えがぶつかる。
そんな僕を置いて。
ロザートが立ち上がった。
「皆、ありがとう」
「次の作戦について話す」
空気が変わる。
「二週間後」
「ネフィリムとの国境を抑える」
「そのために噂を流せ」
「避難を促す」
そして。
少し間を置く。
「逃げなかった者については……」
「申し訳ないが」
「殺してくれ」
胸が重くなる。
ロザートは続けた。
「そしてアテーナ」
視線が集まる。
「その戦いの途中で」
「お前がどちら側につくのか」
「宣言してもらう」
逃げ道はない。
そう言われている気がした。
会議はそこで終了した。
僕には、戦いの前日まで参加しなくていいと言われた。
◇
次の日。
僕はロザートに呼ばれた。
「貴方の能力を鍛える」
開口一番。
そう言われた。
「自分の力として扱えるようになってもらいます」
「人格が変化する可能性があるのでしょう?」
僕は黙る。
「……はい」
「なら」
ロザートは続ける。
「制御できるようにする必要があります」
グレゴリウスの話では。
命の危機。
強い憎悪。
それが引き金になるらしい。
つまり。
「実際に試すってことですか」
「そうだ」
嫌だった。
正直。
やりたくなかった。
でも。
断れる状況ではない。
「それで」
「僕は何をすれば?」
ロザートは答えた。
「四翼、シンと戦ってもらいます」
「彼は」
「貴方の隊長を殺した張本人です」
胸の奥が冷たくなる。
「……分かりました」
数時間後。
「オメェ」
「全然ダメじゃねぇか」
目の前の男。
シン。
四翼。
「魔力操作が雑すぎる」
「考えてることが浅いんだよ」
僕は地面に倒れる。
何度も。
何度も。
殴られている。
でも。
怒りを解放してはいけない。
力を暴走させてはいけない。
そうしなければ。
これは訓練にならない。
「魔力を地面に線を引くみてぇに流せ!」
シンが叫ぶ。
「その先にいる死者の魂を感じろ!」
僕の母親の魔法。
死者を呼び出す力。
ロザート曰く。
母はこの能力を極めていたらしい。
「集中しろ!」
「お前は何を掬っているのか理解しろ!」
僕は目を閉じる。
魔力を流す。
探す。
感じる。
そして。
何かを見つけた。
ゆっくり。
壊さないように。
大切なものを扱うように。
その魂を掬い上げる。
「……」
目の前に。
一つの影が現れる。
「お」
シンが笑った。
「やればできるじゃねぇか」
僕の前には。
動く死体が立っていた。
「試しに戦わせろ」
言われた通り命令する。
しかし。
次の瞬間。
シンの一撃で倒された。
「今回呼んだのは農民だな」
「狙った奴を呼べるようにしろ」
「そのうち」
シンは笑う。
「トーマスも出せるようになる」
「再戦が楽しみだな」
その瞬間。
僕は思った。
こいつ。
いつか絶対消し炭にする。
◇
十日後。
「アテーナ」
グレゴリウスが言う。
「もう完全に力を使いこなせるようになりましたね」
「まあね」
僕は苦笑する。
「自分でもできるとは思ってなかった」
「明日には出発します」
グレゴリウスは微笑む。
「貴方が私たちにつくことを願っていますよ」
そう言って去っていく。
一人になった部屋。
僕は考える。
正直に言えば。
グレゴリウスのことが気になる。
アラロスだった頃の記憶。
仲間だった時間。
全部嘘だったのか。
分からない。
だから。
天使側についてもいいと思う。
でも。
まだ信用しきれない。
トーマス。
仲間たち。
その人たちを傷つけた相手に協力することへの抵抗もある。
明日には移動。
悩める時間は今日しかない。
「……僕って駄目だな」
考えることをやめる。
全部忘れるように。
僕はベッドへ向かった。




