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灰色の楽園  作者: ぼろぼろの世界
初陣編
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32/40

灰狼の悪魔



ナナは空から戦場を見下ろしていた。


炎。


崩れた森。


荒れた海岸。


そして、必死に足掻くジェシー。


その全てを、ただ静かに観察していた。


(想定通り)


彼女の中に焦りはなかった。


必要なのは、目的を達成することだけ。


敵がどれだけ強いか。


相手が何を考えているか。


そんなものは重要ではない。


結果だけが残ればいい。


ナナは視線を向ける。


ジェシーはまだ諦めていない。


最後まで戦うつもりなのだろう。


(理解できませんね)


なぜ、そこまで感情に左右されるのか。


なぜ、勝ち目の薄い状況で足掻き続けるのか。


ナナには分からなかった。


でも。


だからこそ、彼女たちは危険だった。


合理的ではない行動。


予測できない感情。


それは時として、計算を超えた結果を生む。


だからこそ。


これ以上の戦闘は避けるべきだった。


「今回の目的は達成しました」


ナナは淡々と言った。


           ◇


―――アテーナと別れてから。


隊長は、燃え始めた森の中を歩いていた。


周囲には炎の光が揺れている。


木々が焼ける音。


風に乗って流れる熱気。


普通ならば、一刻も早く離れるべき場所。


しかし、隊長の歩みに迷いはなかった。


「……来ルカ」


そう呟いた直後。


背後の木々の間から、声が響いた。


「おいおい」


軽い笑い声。


「逃げないとは思わなかったぜ」


姿を現したのはニッセだった。


いつものように、楽しそうな笑みを浮かべている。


「お前、なかなかやるじゃねえか」


ニッセは隊長を見る。


これまで何度も戦ってきた。


だが、目の前の男だけは違った。


どれだけ攻撃しても、どれだけ分身を増やしても、表情一つ変えない。


それが逆に気に入らなかった。


「だがな」


ニッセは周囲を見る。


ここは森。


木々が密集し、視界は悪い。


隠れる場所はいくらでもある。


「ここは俺の得意な場所だぜ」


「不意打ちし放題どこから攻撃が来るか分からねぇ。」


ニッセは笑う。


「つまり俺の勝ちってことだ」


隊長は静かにニッセを見る。


一瞬、隊長の目が鋭くなる。


「オ前、余裕デ殺セル」


その言葉に、ニッセの笑顔が止まった。


「……ヒッヒッヒ」


だが、すぐに笑い出す。


「言ってくれるじゃねえか」


「そこまで言うなら、見せてやるよ」


ニッセが手を広げる。


次の瞬間。


森のいたるところに、人影が現れた。


一人。


二人。


十人。


それ以上。


全て同じ姿。


全て同じ笑み。


「俺の魔法は分身だ」


ニッセの声が、森中から響く。


「分身は俺と同じように魔法を使える」


一体のニッセが前へ出る。


それに合わせるように、周囲の分身も動いた。


「どれが本物か分かるか?」


隊長は答えない。


「無理だろ?」


ニッセは笑う。


「数で押し潰してやるよ」


一斉に魔力が高まる。


炎、火球、火柱


様々な魔法が、四方から放たれる。


隊長は剣を抜く。


迫る攻撃を、最小限の動きで受け流す。


一歩。


また一歩。


しかし、分身は消えない。


攻撃を防いでも、次が来る。


「どうした?」


ニッセが笑う。


「さっきまでの余裕はどこ行った?」


「俺の分身は、俺と同じ魔法を使える」


「つまり」


ニッセは指を鳴らした。


「俺が増えたってことだ」


隊長は黙っていた。


その沈黙が、ニッセには不気味だった。


「……何だよまだ余裕ぶってんのか?」


ニッセは魔力をさらに高める。


「ならこれで終わりだ」


森全体に炎が広がる。


ニッセは笑った。


「インフェルノ・レグナント」


瞬間。


森全体が炎に包まれた。


炎が木々を包み込む。


逃げ場はない。


隠れる場所もない。


ニッセは笑った。


「ヒャハハハハハ!」


炎の中で、分身たちが揺れる。


「これでお前は逃げ場を無くしたな!」


「俺はあるけどな!」


勝った。


ニッセはそう確信していた。


この森は自分のための場所だった。


分身、魔法、地形。


全てが自分の味方だ。


だが――。


隊長は動かなかった。


「……?」


ニッセの笑みが少しだけ曇る。


「おいおいおいまだ余裕ってか?」


隊長はゆっくりと剣を鞘へ納めた。


「オマエ」


静かな声。


「浅ハカ」


「……何だよ?」


次の瞬間。


隊長が剣に手を添える。


「ヴァルヴァ」


剣が光を纏う。


その光は炎の中でも消えず、周囲を照らした。


ニッセは本能的に危険を感じた。


「……構えろってか?」


隊長が言う。


「構エトケヨ」


ニッセは反射的に構えた。


分身たちも同じように構える。


だが、その時。


ニッセは違和感に気づいた。


静かすぎる。


さっきまで響いていた炎の音。


分身たちの動く音。


全てが消えたように感じた。


「……何だ?」


周囲を見る。


そして気づく。


森が変わっていた。


炎を囲んでいた木々。


自分が利用していた障害物。


その全てが、いつの間にか切り払われている。


「……いつの間に」


ニッセの声が震える。


隊長は剣を下ろした。


「弱者二構ッテイル暇ハ無イ」


「おい……」


ニッセが一歩踏み出す。


その瞬間だった。


胴体が地面に倒れた。


体に力が入らない。


「……?」


視線を足元まで持っていく。


そこで初めて気づいた。


両足が丸太のように切られていた。


いつ斬られたのか、いつ攻撃されたのか。


何も分からなかった。


ただ、隊長の一撃はすでに終わっていた。


「ッ……!」


ニッセは息を飲む。


「足が…!」


自分の動きが止まっている。


魔法で支えようとしても、うまく魔力が集まらない。


「おい……」


ニッセは顔を上げる。


「まだ……終わってねぇだろ……」


隊長は振り返らない。


「オマエノ足」


静かに告げる。


「アイツニ喰ワセル」


ニッセはその言葉の意味が理解できなかった。


そんなニッセを背に、隊長は炎の向こうへ消えていった。


「待て……」


ニッセは必死に魔法を使おうとする。


いつもなら簡単に扱える力が、思うように動かない。


「なぜだ……」


「回復魔法が……」


焦りが広がる。


「……魔力まで持っていきやがったのか…誰か

助けてくれ!」


さっきまで笑っていた男の声から、余裕は消えていた。


ただ隊長の背中を睨むことしかできなかった。


「これが灰狼の悪魔……か…………クソっ…死にたくねえ…………誰…か……」


燃え続ける森の中、ニッセの声は誰にも届かなかった。


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