神竜
神竜が吠えた。
ただの声じゃない。
空気そのものが震えた。
耳で聞くというより、体全体で感じるような衝撃だった。
「来るぞ!」
ジェシー先輩が叫ぶ。
次の瞬間、地面が大きく揺れた。
神竜がこちらへ向かってくる。
一歩進むだけで、周囲の地形が変わる。
「先輩!」
「分かってる!」
ジェシー先輩は前へ出た。
「こっからはアタイの仕事だ!」
先輩が手を掲げる。
周囲の空気が変わる。
砂が舞い上がり、神竜の動きがわずかに乱れた。
重力魔法。
ただ押さえつけるだけじゃない。
相手の動きそのものに干渉する魔法。
でも――。
「……やっぱ重いな」
ジェシー先輩の表情が険しくなる。
「これが神竜かよ」
少しでも気を抜けば押し切られる。
それでも先輩は下がらなかった。
「アテーナ!」
「はい!」
僕は走る。
作戦通り。
僕の役目は、たった一つ。
神竜の内部へ入り、魔法を使うこと。
「今だ!」
ジェシー先輩の声が響いた。
瞬間。
体が軽くなる。
いや。
違う。
軽くなったんじゃない。
重力が、僕だけを前へ押し出している。
「マグネティックテレポート!」
一気に距離が縮まる。
風が顔を叩く。
目の前に神竜の口が迫る。
巨大な影。
普通なら近づくことすらできない。
でも。
僕は止まらない。
「アテーナ!」
ジェシー先輩の声。
「行けぇ!」
僕は飛び込んだ。
◇
暗い。
音が遠い。
外の世界が一気に消える。
それでも僕は進む。
足を止めたら終わる。
「……ここだ」
僕は魔力を集中させる。
神竜の内部。
外側からでは届かない場所。
ここなら――。
僕は両手をかざした。
冷気が広がる。
魔力が流れる。
少しずつ。
確実に。
「これで……!」
凍結が広がっていく。
成功している。
確かに魔法は届いている。
「ジェシー先輩!」
僕は叫ぶ。
外へ声が届くかは分からない。
でも。
伝わると信じた。
その時だった。
違和感。
何かがおかしい。
僕は動きを止める。
魔法は効いている。
なのに。
神竜は止まらない。
「……どうして」
僕は周囲を見る。
凍っている。
間違いなく成功している。
なら、なぜ?
外からジェシー先輩の声が聞こえた。
「アテーナ!」
焦りが混じっている。
「動きが鈍ってねぇ!」
僕の中で答えが繋がる。
違う。
僕は間違えていた。
神竜は――。
普通の生き物じゃない。
僕たちが知っている弱点が、そのまま通用する相手じゃない。
「そんな……」
背中に冷たいものが走る。
まずい。
ここにいたら――。
僕はすぐに戻ろうとする。
でも。
遅かった。
「アテーナ!」
ジェシー先輩の声。
次の瞬間。
僕の視界が大きく揺れた。
何が起きたのか理解できない。
ただ分かったことは一つ。
作戦は、崩れた。
「くそ……!」
僕は必死に手を伸ばす。
外へ。
ジェシー先輩の方へ。
「今助ける!」
先輩の声が聞こえる。
重力魔法が僕を引く。
あと少し。
あと少しで――。
しかし。
その時。
別の声が響いた。
「今回の目的は達成しました」
ナナだった。
「撤退します」
あまりにも冷静な声。
まるで、最初から全部分かっていたような。
「……ナナ」
ジェシー先輩が睨む。
「おい待てよ」
声に怒りが混じる。
「まだアタイがいるだろ」
「逃げるのか?」
ナナは振り返らない。
「戦略的撤退です」
淡々と答える。
「目的は達成しました」
「これ以上戦う理由はありません」
ジェシー先輩が歯を食いしばる。
「ふざけんな……」
「貴女は本当に理解していませんね」
ナナは冷たく言った。
「勝敗は、相手を倒したかどうかだけで決まるものではありません」
「目的を達成した側が勝者です」
その言葉に、ジェシー先輩は何も返せなかった。
正しい。
だからこそ悔しい。
「……待て」
ジェシー先輩が叫ぶ。
しかし。
ナナは空へ向かって飛び去っていく。
残されたのは、静かな海岸だけだった。
「……くそ」
ジェシー先輩は拳を握る。
いつもの笑顔は消えていた。
「アテーナ……」
小さく名前を呼ぶ。
でも返事はない。
それでも。
先輩は諦めなかった。
「……必ず助ける」
そう呟く。
そして。
隊長と合流するため、走り出した。




