小さな勇気
「なあ、アテーナ。」
ジェシー先輩は、前を向いたまま呟いた。
「この作戦、下手したら皆死ぬぜ。」
その言葉は、さっきの軽い調子ではなかった。
海から吹く風が、僕たちの間を通り抜ける。
遠くでは、木々が倒れる音が響いていた。
ナナが近づいている。
僕たちに残された時間は、もうほとんどない。
「それでも……」
先輩は続ける。
「アタイがこの作戦を提案したのは、命をかなぐり捨ててでも裏切り者を倒したいと思ったからだ。」
先輩は拳を握った。
「奴らはアタイたちの良心を利用した。全部めちゃくちゃにした。」
声に怒りが混じる。
「だから、絶対に止める。」
少しだけ間を置いて、先輩は僕を見る。
「……こんな成功するかも分からない策に乗ってくれたお前に、アタイは命を預けたい。」
「だから…」
先輩は笑った。
「死ぬなよ、アテーナ!」
胸の奥が少し痛んだ。
僕は目を逸らす。
「僕は先輩を信じています。」
自然と言葉が出た。
「……気持ちは同じです。必ず奴らを倒しましょう。」
僕は嘘をついた。
本当は、アラロスと話がしたかった。
彼女が何を考えていたのか。
なぜ僕たちを裏切ったのか。
聞きたいことはまだ残っていた。
それでも、先輩と同じ気持ちだと言った。
たぶん僕の中には、まだアラロスを仲間だと思っている部分があったからだ。
「先輩。」
僕は顔を上げる。
「準備できました。」
「よし。」
ジェシー先輩は笑った。
「行くぞ、アテーナ!」
そう言うと、先輩は僕を背負う。
「マグネティックテレポート」
周囲の空気が震える。
足元の砂が舞い上がる。
重力が変化する感覚。
何度経験しても慣れない。
「アテーナ!」
ジェシー先輩の声が響く。
「今だ!」
◇
――10分前。
「てか先輩?」
僕は走りながら聞いた。
「神竜って何なんですか?」
「アタイにも詳しいことは分からねぇよ。」
ジェシー先輩は即答した。
「え?」
「いや、本当に知らないんだって。」
先輩は苦笑する。
「ただ、地下街の連中が昔から研究してる存在ってことは知ってるぜ。」
僕は後ろを見る。
森の奥が赤く染まっていた。
炎が木々を飲み込みながら広がっている。
「神竜っていうのは、火を吐けるらしいぜ。」
ジェシー先輩は走りながら説明する。
「普通の生き物とは違う…なにかこう……そう、
魔力そのものに近い存在だ。」
「昔から、災害みたいに扱われてきた。」
僕は息を呑む。
「そんな相手に……僕たちは勝てるんですか?」
「正面からなら無理だな。」
先輩はあっさり答えた。
「え?」
「だから作戦がある。」
ジェシー先輩は前を見る。
「神竜には弱点がある。」
「弱点?」
「ああ」
先輩は頷いた。
「どれだけ強い魔力を持っていても、体の内側までは完全に守れない」
「だから……」
「そうだ。」
ジェシー先輩は僕を見る。
「お前が必要なんだ。」
僕の魔法。
凍結。
ただ冷やすだけじゃない。
魔力を流し込んだ場所の動きを止める。
だからこそ、神竜の内部に入ることができれば勝機がある。
「でも…」
僕は言った。
「口の中に入るって……」
「怖いか?」
「……少し」
正直に答える。
先輩は笑った。
「安心しろ」
「何をですか?」
「アタイも怖い」
意外な答えだった。
「先輩が?」
「ああ」
先輩は肩をすくめる。
「怖くない奴なんていねぇよ」
「でもな」
先輩は真剣な顔になる。
「怖くても進む奴がいるから、状況は変えられる」
その言葉が、妙に心に残った。
「作戦はこうだ」
ジェシー先輩が続ける。
「アタイの魔法でお前を飛ばす」
「アタイは神竜を海際まで誘導する」
「海?」
「ああ」
先輩は頷く。
「陸で戦わせたら被害が広がる。それに海の近くなら、アタイの魔法で動きを制限しやすい。」
なるほど。
ただ逃げていたわけじゃない。
全部、この場所へ誘導していたんだ。
「そして」
先輩の声が低くなる。
「アタイの合図で、お前は神竜の口へ飛び込む。」
「内側から凍らせる」
僕は頷いた。
「それで倒せるんですか?」
「分からねぇ」
また即答だった。
「でも、やる価値はある」
ジェシー先輩らしい答えだった。
その時。
大きな音が響いた。
地面が揺れる。
森の向こうから、巨大な影が現れる。
「……来たな。」
ジェシー先輩が呟く。
神竜。
遠くからでも分かる。
普通の生き物とは違う。
そこにいるだけで空気が震えている。
「アテーナ」
先輩が言う。
「ここからは一瞬だ」
僕は息を整える。
怖い。
足が震えそうになる。
それでも。
僕は前を見る。
「分かりました」
ジェシー先輩が笑う。
「そうこなくちゃな。」
そして。
神竜との戦いが始まった。




