誓い
「四翼、ニッセ。四番隊を殺す。」
男は眠そうな声でそう言った。
まるで散歩にでも行くような軽い口調。
しかし、その言葉が放たれた瞬間、周囲の空気が変わった。
敵意。
殺気。
それまで静かだった港町が、一瞬で戦場へ変わる。
ニッセはゆっくりと歩き出した。
そして次の瞬間。
地面を蹴る。
速い。
僕は反射的に剣を構えた。
だが――。
「……?」
違和感があった。
僕以外の4番隊の隊員たちは、誰一人として構えていない。
逃げる様子もない。
ただ、当たり前のように立っている。
「どうしたんですか!?」
僕は思わず叫んだ。
「敵が来ますよ!」
するとジェシーさんは、余裕のある笑みを浮かべた。
「アテーナ君。」
「隊長を誰だと思ってるのかな?」
その言葉の意味が分からなかった。
次の瞬間。
ジェシーさんがニッセの方を見る。
「……もう終わってるよ。」
「え?」
僕も慌てて視線を向ける。
そして――。
言葉を失った。
いつの間に。
いつ斬った。
分からなかった。
ニッセの片腕が宙を舞い、さらに片足にも傷が入っていた。
ほんの一瞬。
まばたき一つの間。
それだけで、四翼と呼ばれる男を無力化していた。
「……。」
僕は何も言えなかった。
あまりにも次元が違う。
隊長は何事もなかったかのように刀を振り払い、静かに鞘へ戻す。
カチン。
その音だけが妙にはっきり聞こえた。
そして仲間の援護へ向かおうと歩き出す。
――その時。
「おいおいおい。」
背後から声が響いた。
「それは分身だぜ。」
僕は振り返る。
そこには、先ほど斬られたはずのニッセが立っていた。
傷一つない。
「早く俺に傷をつけてくれよ。」
ニッセは楽しそうに笑う。
その足元で、倒れていたもう一人のニッセが霧のように消えていく。
「分身……。」
僕は呟いた。
ニッセは肩を回す。
「ヒサシブリニ。」
その目が初めて楽しそうに細まった。
「強イ奴。」
そして。
「……手加減、シナイゼ。」
その言葉に、隊長も反応した。
「……。」
普段ほとんど感情を見せない隊長。
だが今だけは違った。
口元が僅かに緩んでいる。
まるで、久しぶりに楽しめる相手を見つけたように。
「アテーナ君。」
ジェシーさんが僕へ声をかける。
「アタイたちは分身の排除に――」
その瞬間。
ドォン!!
凄まじい爆発が起きた。
地面が揺れる。
爆風が港を駆け抜ける。
「……!」
僕はとっさに身を守る。
煙の中から、一人の女性が現れた。
「ニッセ様の邪魔はさせません。」
冷たい声。
ニッセは彼女を見る。
「ナナ。」
分身と戦いながら、淡々と言った。
「一応、分身の半分はそっちに回す。」
少し間を置いて。
「……死ぬな。」
ナナは小さく笑った。
「分かっていますよ。」
そしてこちらを見る。
その首元には、一つのペンダント。
赤黒い光を放つ石が埋め込まれていた。
ジェシーさんの表情が変わる。
「……嘘だろ。」
「アテーナ君。」
僕を見る。
「構えろ。」
その声には、さっきまでの余裕がなかった。
「こいつは魔法使いじゃない。」
「じゃあ……。」
僕が尋ねると、ジェシーさんはペンダントを睨む。
「あれは……神竜石だ。」
その瞬間。
ナナはペンダントを両手で包み込むように握った。
「神竜様。」
静かに呟く。
赤い光が溢れ出す。
魔力の奔流。
風が巻き起こる。
大地が震える。
光の中で、ナナの姿が変わっていく。
腕は鱗に覆われ。
背中から巨大な翼が現れる。
そして――。
港全体に響く咆哮。
彼女は巨大な赤い竜へと姿を変えた。
「……。」
僕は息を呑む。
これが神竜石の力。
人間が、竜になる力。
「ニッセ様。」
竜となったナナが告げる。
「今回、神竜様が与えてくださった時間は六十分です。」
巨大な瞳が4番隊を捉える。
「それまでに、4番隊を壊滅させましょう。」
ニッセは短く頷いた。
「分かった。」
僕は乾いた笑いを漏らす。
「……ジェシーさん。」
剣を握り直す。
「六十分耐えれば、勝ち目ありますよね。」
ジェシーさんは笑った。
「ああ。」
竜を見上げる。
「神竜は防御が固い。」
そして剣を構える。
「だけどな。」
目が鋭く光る。
「策はある。」
その時だった。
「オマエラ。」
戦闘中の隊長がこちらへ声を飛ばす。
「援護ハ必要カ?」
ニッセの攻撃を受け流しながら、こちらを確認している。
ジェシーさんは即答した。
「必要ありません。」
そして笑う。
「だから隊長。」
「必ず勝ってください。」
隊長は一瞬だけこちらを見る。
そして。
「オ前モナ。」
短く返した。
次の瞬間。
隊長の一撃がニッセを吹き飛ばす。
港の外へ。
追撃するように隊長も走り出す。
二人の姿は、瞬く間に遠ざかっていった。
残された僕たちの前には――。
巨大な神竜。
そして無数の分身。
勝算なんて最初から無いのかもしれない。
でも…僕はトーマスに誓った。
――生きて帰ると




