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灰色の楽園  作者: ぼろぼろの世界
平和と破壊の狭間編
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3/40

僕が騎士をやめた理由1

 ――二年前


 あの日の空だけは、今でも鮮明に思い出せる。


 三月十三日


 卒業演習の日


 窓を叩く雨音で目を覚ました僕は、ぼんやりと天井を見つめていた。


 外では滝のような雨が降っている。


 春が近いというのに、肌を刺すような冷たい風が窓の隙間から吹き込んでいた。


「今日は最悪の天気だな……。」


 小さくつぶやきながら制服へ袖を通す。


 胸の奥が妙にざわついていた。


 卒業演習だから緊張しているだけ。


 そう自分に言い聞かせても、不安は消えなかった。


 部屋を出ると、母が居間で静かに紅茶を飲んでいた。


 相変わらず表情は薄い。


 嬉しいのか悲しいのか、それとも何も思っていないのか。


 幼い頃から母の考えていることだけは分からなかった。


「おはよう。」


「……おはよう。」


 短い挨拶を交わす。


 今日は卒業演習の日。


 そして、母の誕生日でもある。


 僕は机の引き出しから、小さな箱を取り出した。


「母さん。」


 母がこちらを見る。


「誕生日、おめでとう。」


 箱を差し出すと、母は少しだけ目を見開いた。


 箱の中には、小さな銀色のピアスが入っている。


 高価なものじゃない。


 でも、何週間も迷って選んだ大切な贈り物だった。


 母は箱を開けると、しばらく黙ってそれを見つめる。


 やがて小さく息をつき、


「ありがとう。大切にする。」


 そう言った。


 表情はいつもと変わらない。


 それでも、その一言だけで十分だった。


「行ってきます。」


「行ってらっしゃい。」


 その声を背に、僕は家を出た。


 冷たい雨粒が頬を打つ。


 石畳には水たまりがいくつもできていて、歩くたびに靴が濡れていく。


 士官学校へ近づくにつれ、胸のざわめきはますます大きくなった。


 演習内容は昨日伝えられている。


 『一般人が違法に魔法を使用した際の対処訓練。』


 騎士団の先輩が同行し、実際の巡回を行う。


 何事も起こらなければ、そのまま終了。


 卒業試験としては、ごく普通の内容だった。


 学校へ着くと、すでに同級生たちは整列していた。


 雨のせいか、皆いつもより口数が少ない。


 その中で、一人だけこちらへ手を振る姿があった。


「おーい、アテーナ!」


 エーギルだった。


 ずぶ濡れになりながらも、相変わらず大きな声だ。


「おはよう。」


「遅かったな。」


「寝坊しかけた。」


「お前らしいな。」


 二人で笑う。


 少しだけ肩の力が抜けた。


「でもさ……。」


 僕は雨空を見上げる。


「なんだか嫌な予感がするんだ。」


 そう口にした瞬間、自分でも驚いた。


 根拠なんてない。


 ただ、胸騒ぎがしていた。


 エーギルは少しだけ黙り込む。


 そして、自分の手を見つめた。


「実は俺もだ。」


「え?」


「さっきから手が震えてる。」


 差し出された右手は、小刻みに震えていた。


「情けないよな。騎士を目指してる奴がこんなんじゃ。」


 苦笑するエーギル。


 だけど、その笑顔はどこか無理をしているように見えた。


 僕は思わず笑ってしまう。


「安心した。」


「は?」


「僕だけじゃなかったんだ。」


 その言葉に、エーギルも吹き出した。


「なんだそれ。」


 二人で笑い合う。


 さっきまで胸を締めつけていた緊張が、不思議なくらい軽くなっていく。


 そのときだった。


「整列!」


 騎士団員の鋭い声が校庭に響いた。


 一瞬で空気が張り詰める。


 全員が姿勢を正した。


 雨音だけが静かに響いている。


 騎士団員は僕たちを見回し、ゆっくりと口を開いた。


「これより卒業演習を開始する。」


 その言葉を合図に、僕たちは街へ向かって歩き始めた。


 ――誰も知らなかった。


 この演習が、卒業試験ではなく。


 生き残りを懸けた悪夢の始まりになることを。


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