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灰色の楽園  作者: ぼろぼろの世界
流星の声と二色の炎編
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星になる

壁の向こうへ飛び越えたトーマスは、崩れた瓦礫の陰で倒れているベルへ駆け寄った。


「副長、起きて。敵が来る。」


肩を軽く揺すると、ベルは苦しそうに眉を寄せる。


「……うぅ……トーマス……。」


ゆっくりと目を開ける。


霞む視界の中でトーマスの姿を確認すると、彼女は反射的に周囲を見渡した。


「戦況は……どうなりました?」


トーマスは静かに笑う。


「僕たちの勝ちだ。」


その一言に、ベルの表情がわずかに緩む。


しかし次の言葉が、その希望を打ち砕いた。


「……だけど今、敵の増援が来た。」


ベルはすぐに立ち上がろうとする。


足元はふらついている。


それでも剣へ手を伸ばした。


「なら急ぎましょう。」


彼女は迷わず言う。


「隊士を逃がして、私たちは最後まで足掻きます。」


その口調には覚悟しかなかった。


死ぬことすら前提にした、隊を率いる副長としての決意。


その言葉を聞いたトーマスは、小さく首を横へ振る。


「いや。」


その一言だけで空気が変わった。


「副長は、まだ生きなきゃいけない。」


ベルは目を見開く。


「……どういう、ことですか。」


問いかける声は震えていた。


トーマスはその続きを聞かず、穏やかに話し始める。


「さっき隊士のみんなを、この街の外れの森へ転送した。」


ベルは息を呑む。


「え……?」


「残るのは、副長だけ。」


静かな声だった。


だが、その意味はあまりにも重い。


「今から貴女も転送する。」


ベルは何も言えなかった。


頭が理解を拒んでいる。


「森へ着いたら、みんなを連れて拠点へ戻って。」


トーマスはいつものように微笑んだ。


「副長。最後くらい笑って下さいよ。」


その言葉を聞いた瞬間、ベルの瞳から涙が溢れた。


止めようとしても止まらない。


「……嫌です。」


声にならない。


「今日の戦いで……私たちは全員死ぬはずだった。」


涙が頬を伝う。


「なのに奇跡が起きて……。」


かすれる声で続ける。


「皆で生き残れるかもしれないって……希望が見えたのに……。」


トーマスは何も言わない。


ただ静かに聞いていた。


「なのに……。」


ベルは拳を握り締める。


「あなた一人だけ残るなんて……。」


その言葉に、トーマスは少しだけ空を見上げた。


夜空にはまだ流星の残光が残っている。


「いいんですよ。」


彼は優しく笑う。


どこか寂しさを滲ませながら。


「僕はもう使っちゃいましたから。」


「最終手段。」


ベルはその言葉の意味を理解した。


魔力がほとんど残っていない理由。


飛ぶ速度が落ちていた理由。


すべてが一本の線で繋がる。


「どのみち……。」


トーマスは静かに続ける。


「アテーナ君には、もう会えません。」


その言葉だけは少しだけ苦しそうだった。


「だから立って。」


笑顔を崩さないまま言う。


「時間がない。」


ベルは涙を拭う。


深呼吸を一つ。


震える唇を必死に動かした。


「……トーマス様。」


無理やり笑顔を作る。


それでも涙は止まらない。


「ありがとうございました。」


一歩前へ出る。


「後のことは任せて下さい。」


その瞳には決意が宿っていた。


「必ずロザートを焼きます。」


拳を握る。


「必ず。」


トーマスは満面の笑みを浮かべた。


「それでこそ副長。」


右手を前へかざす。


青白い魔法陣が展開される。


「アテーナ君にも伝えて下さい。」


少しだけ照れ臭そうに笑う。


「次は君の番だよって。」


魔法陣が眩しく輝いた。


「転送魔法――テレポート。」


光の球体がベルを包む。


彼女は最後までトーマスを見つめ続けていた。


光は空へ舞い上がり、その姿を消した。


静寂が訪れる。


誰もいない戦場。


トーマスは小さく息を吐く。


「ごめんね、アテーナ君。」


夜空を見上げる。


「約束……守れそうにないや。」


その声は風に溶けて消えた。


彼はゆっくりと魔法陣を描く。


残された寿命を燃やすように。


魔力が静かに集まっていく。


そこへシンが歩いてきた。


武器は下ろしたまま。


「今回は俺たちの完敗だぜ、トーマス。」


その声に戦意はなかった。


「だから……魔法は撃たないでくれ。」


トーマスは黙って聞く。


「俺はそこにある死体を取りに来ただけだ。」


少し視線を逸らす。


「撃つ相手は他にいる。」


敵でありながら、その言葉にはわずかな敬意があった。


しかし、その隣に立つ女は違う。


冷たい視線でトーマスを見据える。


「戦果を挙げなければ私が罰を受けます。」


剣へ手をかける。


「放っておいても貴方は今日中に死ぬ。」


静かに抜刀する。


「ですが、ここで私が首をはねます。」


トーマスは抵抗する素振りを見せなかった。


「わかったよ。」


静かに両手を下ろす。


「抵抗はしない。」


少しだけ笑う。


「だからちゃんと首を斬りなよ。」


女はゆっくりと歩み寄る。


剣先が首筋へ触れる。


あと数センチ。


その瞬間だった。


トーマスは最後に小さく呟いた。


(アテーナ君、約束…守れそうにないや……僕の分まで生きてね。)


「ビッグバン。」


次の瞬間――


トーマスの身体は内側から爆せた。


眩い光が夜を飲み込む。


轟音が大地を震わせた。


爆風だけが周囲を駆け抜ける。


静寂。


砂煙が晴れる頃には、そこにトーマスの姿はもうなかった。


シンは目を閉じ、小さく呟く。


「……危なかったな。」


苦笑する。


「あんたにしては珍しく。」


その表情には悲しみが滲んでいた。


女は歯を食いしばる。


「貴様……図りましたね。」


怒りをぶつける相手はもういない。


シンは静かに首を振る。


「もう死んでるよ……。」


女は一瞬だけ言葉を失う。


やがて深呼吸をして冷静さを取り戻した。


「騎士団は撤退。」


淡々と命令する。


「この拠点は制圧できました。」


周囲を見渡す。


「他の拠点についても探りを入れます。」


シンはふと思い出したように尋ねた。


「なあ。」


「トーマスが言ってた『最終手段』って何なんだ?」


女は少しだけ間を置いて答えた。


「寿命を魔力へ転換する禁術です。」


その声には僅かな重みがあった。


「一度転換を始めれば止めることはできません。」


シンは眉をひそめる。


「どれくらいなんだ?」


「おおよそ五年分の寿命で、中級魔法を一回。」


静かな説明だった。


シンは言葉を失う。


トーマスが戦闘中に放った魔法。


転送、飛行、流星魔法。


そして最後の自爆。


それらが何年分の命だったのか、考えたくもなかった。


「……俺たちにもできるのか。」


「誰でもできます。」


女は短く答える。


「知っていれば、ですが。」


沈黙が流れる。


やがて女は地面に転がる亡骸へ視線を向けた。


「それより、その死体は?」


シンは肩をすくめる。


「まだ魔力が少し残っててな。」


「魔物にでも変えてもらおうかと思って。」


女は呆れたようにため息をつく。


「そうではありません。」


冷たく言う。


「誰に殺されたのか、と聞いているんです。」


シンは少し考えたあと、小さく笑った。


「……忘れたな。」


「そうですか。」


女はそれ以上追及しなかった。


「長居は無用ですね。」


騎士団は静かに戦場を後にする。


夜風だけが、トーマスのいた場所を吹き抜けていた。


           ◇



転送されたベルたちは、街外れの森をゆっくり歩いていた。


誰も口を開かない。


足音だけが静かな森に響く。


涙はもう止まっていた。


受け入れたわけではない。


涙を流す余裕すら失っていただけだった。


長い沈黙の末、一人の隊士が口を開く。


「ベル隊長。」


ベルは振り返る。


「俺……見たんですけど。」


少し言いづらそうに続ける。


「隊長って蒼炎は使えないはずですよね。」


ベルは首をかしげる。


「え?」


「でも戦闘中……確かに蒼炎を使っていました。」


ベルは困惑した。


「私が……?」


記憶を辿ろうとする。


しかし、そこだけが霧がかかったように思い出せない。


「戦闘の記憶が……曖昧……。」


その瞬間、彼女の表情が変わった。


何かに気付く。


隊士の一人も同じことを思ったようだった。


「……まるでアテーナ隊長と同じ現象ですね。」


ベルは静かに頷く。


「ええ。」


その声は小さい。


「このことは、今は誰にも話さないで下さい。」


全員が黙って頷いた。


ベルは前を向く。


「急ぎましょう。」


歩く速度が少しだけ速くなる。


トーマスが命を懸けて繋いだ未来を、決して無駄にはしない。


その決意だけが、彼女たちを前へ進ませていた。


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