赤い流星
◇
「なあトーマス、俺は今日最高に楽しいぞ。」
シンは口元を吊り上げ、拳を握ったまま笑った。その目には純粋な高揚しか映っていない。
「そっか、奇遇だね。僕もだよ!」
トーマスも負けじと笑う。柔らかな笑みだったが、その声には普段以上の熱が宿っていた。
二人の間に流れる空気は張り詰めているのに、不思議と楽しげだった。
まるで長年の友人が競い合うような、そんな雰囲気すらある。
強風が吹き抜ける。
厚い雲がゆっくりと裂け、空に青が戻り始めた。
「冥土の土産だ教えてやる。
僕の魔法を。」
トーマスはにこりと笑う。
しかし、いつもと違う点が一つだけあった。
閉じられていた糸目が静かに開く。
その瞳は夕焼けのような黄金色で、夜空を見据えていた。
「僕の魔法は夜に関係するものなんだ。」
彼はゆっくりと両手を広げる。
周囲の魔力が風に溶けるように集まり始めた。
「特に流星が降る日は魔力が二倍になる。そして……火球が降った直後にしか使えない魔法がある。」
トーマスの声は静かだった。
だからこそ、その言葉には重みがあった。
「それを君にぶつける。」
シンは拳を握り直し、大きく笑った。
「上等だ!!」
地面を蹴る。
爆発するような踏み込みで一気に距離を詰める。
トーマスも同時に後方へ跳び、青白い魔法陣を幾重にも展開した。
光の弾丸が雨のように降り注ぐ。
シンはそれを拳で弾き、時には電撃で砕き、一直線に突き進む。
「速ぇな!」
「君もね!」
電撃が横薙ぎに振るわれる。
空気を裂く一撃。
トーマスは紙一重で身をひねり
回避し、その勢いのまま回転して魔力の刃を放つ。
赤い刃と拳がぶつかり、火花が散った。
衝撃だけで周囲の瓦礫が跳ね上がる。
「いいねぇ!」
シンは笑う。
槍を何度も突き出す。
一撃、二撃、三撃。
高速の連撃。
しかしトーマスは最小限の動きで避け続ける。
「全部見えてる。」
「ならこれはどうだ!」
シンは拳で地面を殴る。
衝撃で石畳がめくれ上がり、無数の岩片が飛ぶ。
視界を塞ぐ土煙。
その中からシンが飛び出した。
真上から渾身の一撃を叩き込む。
トーマスは両手を交差させて受け止める。
衝撃で足元が沈み、地面に大きな亀裂が走った。
「重い……!」
「まだまだ!」
押し込もうとした、その時だった。
空から雨粒が落ちる。
一粒。
二粒。
そして雲が完全に晴れた。
夜空いっぱいに星が姿を現す。
「来る。」
トーマスが小さく呟く。
その瞬間だった。
天を裂くような赤い閃光。
巨大な火球が夜空を横切る。
赤い光が世界を染めた。
トーマスはその軌跡を真っ直ぐ見つめる。
瞳が深紅に輝いた。
「赤い流星――」
膨大な魔力が刀身の形を成していく。
空気が震える。
地面の砂が浮き上がる。
「プラズマカリバー。」
振り下ろされた一閃。
赤い斬撃は一直線に地面を裂きながら進み、石畳を吹き飛ばし、一直線にシンへ迫る。
「受けてやる!」
シンは構え、真正面から迎え撃とうとする。
その時だった。
「お遊びは……ここまでです。シン。」
凛とした女性の声が響いた。
シンの前へ人影が割って入る。
○○
土煙が静かに晴れる。
シンは思わず舌打ちした。
「んだよ! せっかくいいところだったってのによ!」
怒りを隠そうともせず叫ぶ。
トーマスは肩をすくめた。
「ハハハ。増援かい? 遅かったね。」
彼は周囲を見渡す。
静まり返った拠点。
「もう僕たちの勝ちだ。この拠点に人はもういないよ。避難は完了した。」
事実だけを淡々と告げる。
女性はシンを鋭く睨んだ。
「シン……貴様。この件はロザート様へ報告します。」
「あーあ、めんどくせぇ頭領だな。」
シンは頭をかきながらため息をつく。
女性は今度はトーマスへ視線を向けた。
「トーマス、と言いましたね。」
彼女は冷静な口調に戻る。
「先ほどの一撃で魔力はほとんど尽きたはずです。こちら側につく気はありませんか?」
期待しているというより、形式上の問いだった。
トーマスは少しだけ笑う。
「付かなかったら?」
「魔物にして殺します。」
その言葉にもトーマスは表情を変えない。
「やれるもんならどうぞ。お好きに。」
そう言うと、彼は軽く地面を蹴った。
「まだ飛ぶのか!」
シンは思わず目を見開く。
トーマスの身体はふわりと夜空へ舞い上がった。
速度は先ほどより明らかに遅い。
それでも十分速い。
女性は冷静に分析する。
「いえ……無理をしています。あれは最終手段でしょう。」
すぐに馬へ飛び乗る。
「話は後です。私は追います。」
手綱を引く。
馬は一気に駆け出した。
「シンは騎士を集めてから増援へ。」
「はいはい。」
夜空では赤い残光だけが、いつまでも尾を引いていた。




