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灰色の楽園  作者: ぼろぼろの世界
流星の声と二色の炎編
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決戦の火蓋

―午前0時 ネフィリム王宮・城壁


夜空は、何事も知らないように静かだった。


無数の星が黒い天幕に散りばめられ、その隙間を一筋の流星が音もなく駆け抜けていく。


城壁の上に立つトーマスは、その光景をぼんやり眺めていた。


「……久しぶりだな。こうして夜空を見上げるのは。」


彼は小さく笑う。


「ねえ、副長。」


隣で周囲を警戒していたベルは、視線を空へ向けることなく答えた。


「そうですね。」


短く返したあと、少し間を置いて続ける。


「ですが、今日が最後になるでしょう。」


その言葉に、トーマスは肩を震わせて笑った。


「ハハハ……やっぱり君も気付いてたか。」


風が二人の髪を揺らす。


「まだ遠征隊には追いつけるよ。今なら間に合う。」


「……いいの? 本当に行かなくて。」


ベルは静かに首を振った。


「あなた一人では、時間すら稼げません。」


「そっか。」


トーマスは苦笑し、夜空を見上げたまま呟く。


「……アテーナ君との約束だけは守りたかったな。」


"生きて会おうね"


出発前、あの少年が笑って手を振った姿が脳裏に浮かぶ。


その笑顔だけが、不思議なくらい鮮明だった。


ベルはそんな横顔を見つめ、少しだけ表情を和らげる。


「大丈夫です。」


「あなたは私が守ります。だから、死にません。」


トーマスは思わず吹き出した。


「副長らしくない励まし方だね。」


「でもありがとう。」


そして冗談めかして言う。


「君の方が珍しい血筋なんだからさ。純血ネフィリムさん。」


ベルはため息をついた。


「こんな時まで軽口ですか。」


「怖いからね。」


トーマスは即答した。


「怖い時ほど笑わないと…じゃないと、心が先に折れちゃう。」


ベルは何も返さなかった。


ただ、その横顔だけが少し寂しそうだった。


静寂が流れる。


風が草を揺らす音だけが響いていた。


――その時だった。


「隊長ッ!!」


階段を駆け上がってきた隊員が、息を切らしながら叫ぶ。


「何か飛んできます!!」


「敵襲です!!」


二人は同時に夜空を見上げた。


黒い空に、小さな点が無数に浮かんでいる。


最初は鳥かと思った。


だが違う。


その点は異様な速度で大きくなっていく。



炎をまとった無数の槍が、流星群のように王都へ降り注いでいた。


ベルの顔から血の気が引く。


「……エーギル様の内通が、バレていた……。」


その一言で全てを理解した。


ロザートは、遠征など最初から眼中になかった。


狙いは最初からこの王都だったのだ。


トーマスは空を見つめたまま、小さく笑った。


「やっぱりか。」


その声には驚きはなかった。


覚悟だけがあった。


「もう少しだけ喋っていたかったな。」


ベルは震える声で尋ねる。


「……まさか。あいつが来たんですか。」


トーマスは静かに頷いた。


「ああ。これで、生きて勝つ算段はなくなった。」


その言葉に、周囲の隊員たちの顔色が変わる。


ロザートの右腕―


名前を口にすることすら恐れる存在。


空気そのものが凍り付いた。


だが、トーマスだけは笑っていた。


「よし。」


「状況整理しようか。」


彼は隊員全員を見回した。


「まず、大隊長は予定通り人質の管理をしている。」


「人質たちはエーギルを信頼してる。」


「だから向こうも簡単には動けない。」


ベルが続ける。


「ですが、人質が殺されれば、この国の生活は終わります。」


「食料、医療、物流……ほとんどを人質が担っています。」


「彼らを失えば、私たちは戦わずして滅びます。」


隊員たちの間にざわめきが走る。


トーマスは静かに頷いた。


「だから最低限、人質だけは守る。拠点は最悪、捨ててもいい。守る優先順位を間違えるな。」


ベルは苦しそうな顔で言う。


「ですが……。」


「ロザートは人質ごと逆賊として処刑する可能性は…そんなことをすれば、騎士団内部でも内乱が起きますけど可能性はありますか?」


トーマスは少し考え、首を横に振った。


「いや。」


「内乱は起きない。たぶんね。」


「だって、あの首飾り。あれ、魔具だろ。」


ベルの瞳が揺れる。


「洗脳……。」


「うん。」


「忠誠心が弱い人ほど効いてる気がする。自分で考えることを奪われてる。だから誰も反逆できない。」


彼は静かに笑った。


「結局さ。勝てば全部終わる。負ければ全部失う。

それだけの話だ。」


隊員たちは互いに顔を見合わせる。


恐怖は消えない。


それでも、トーマスの声には不思議と人を前へ進ませる力があった。


彼は剣を抜く。


月明かりが刃に映る。


「……こんなドラマみたいな展開。本当に起こるんだな。」


乾いた笑いが漏れる。


「アハハハハハハ…面白い。」


その笑顔は狂気ではない。


死を受け入れた者だけが浮かべられる、どこか清々しい笑みだった。


トーマスは大きく息を吸う。


そして城壁全体に響くほどの声で叫んだ。


「全軍ッ!!」


「できるだけロザート軍を殺せ!!」


「作戦通り動けば、まだ勝機はある!!」


「俺たちは最後までこの国を守る!!」


「だから――」


彼は剣を高く掲げた。


「隊長を信じて戦え!!」


「了解!!」


兵士たちの叫びが夜空を震わせる。


次の瞬間、トーマスは迷いなく城壁から飛び降りた。


その背中を追うように、一番隊の兵士たちも一斉に駆け出す。


ベルはその背中を見送り、小さく呟いた。


「……死なないでください。」


そう言ってベルも仲間の後ろをついてで行った。


――しかしその願いは、戦場を覆い始めた爆音にかき消されていった。


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