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灰色の楽園  作者: ぼろぼろの世界
アウトサイダー編
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17/40

仲間


 屍たちが低く唸った。


 その声は人間のものではなかった。


 生きている者が発する声ではない。死んだはずの存在が、無理やりこの世界に引き戻された証のようだった。


 今回呼び出した屍の中には、一体だけ異質な存在がいた。


 生前、他者を魔物へ変える魔法を扱っていた魔法使い。


 そいつは僕の命令を理解すると、ゆっくりと手を掲げた。


 魔法陣が展開される。


 次の瞬間、五体の魔物が姿を現した。


 濁った瞳。


 歪んだ身体。


 理性を失った獣。


 それらは一斉にトーマスへ視線を向けた。


 あいつを魔物に変える…殺すために。


 トーマスはその光景を見ても、まだ笑っていた。


 いや――心から笑っていなかった。


「……あーあ、タイムアップだ。」


 トーマスは小さく息を吐く。


「急いで救援を……」


「させねえよ、カスが。」


 言葉を遮る。


 頭の中は怒りで満たされていた。


 冷静になれ。


 そう言い聞かせる自分と、目の前の敵を消せと叫ぶ自分が、心の中で殴り合っている。


 でも、もう止まらなかった。


 僕は残った魔力をかき集める。


「神様、どうかご加護を。」


 冷気が周囲へ広がる。


「アイスロック。」


 瞬間、部屋の扉が凍りついた。


 分厚い氷の壁が形成され、外への逃げ道を完全に塞ぐ。


 トーマスの眉がわずかに動いた。


 初めて見せた小さな変化だった。


「魔物よ、そいつを食い殺せ。」


 屍の魔法使いが命令する。


 その瞬間、魔物たちが一斉に駆け出した。


 獲物を見つけた魚の群れのように。


 逃げ場を失った獲物へ群がるように。


 トーマスへ襲いかかる。


 さっきまで余裕に満ちていた彼の表情が、初めて崩れた。


 笑顔ではなく、苦笑い。


「アハハ……まずいね。」


 迫りくる魔物を見ながら、トーマスは言った。


「アテーナ君、僕を殺してもいいけど……アラロスは即処刑だよ。」


 その名前を聞いた瞬間、


 胸の奥で燃えていた怒りが、一瞬だけ揺らいだ。


 でも、それ以上に腹が立った。


 なぜこいつは、いつも人の大切なものを盾にする?


 なぜ簡単に命を天秤にかけられる?


「お前はアラロスの何を知ってんだよ!」


 怒りで声が震えていた。


「僕は誰であろうと、仲間の命を危険に晒すものは排除する。」


 僕は手を向ける。


 床から氷が伸び、トーマスの足を包み込んだ。


 逃げ道を奪う。


 動きを止める。


 そして――


「トーマス。」


 僕は冷たく言い放った。


「喧嘩売る相手を間違えたな。」


 氷の軋む音だけが響く。


「後悔して死ね。」


 僕はゆっくりと右手を掲げた。


 氷に拘束されたトーマスは動けない。


 魔物たちは低く唸り声を上げ、獲物へ飛びかかる機会を今か今かと窺っている。


 あと一歩。


 あと一撃。


 それだけで終わる。


 アラロスを脅かす者も、仲間を危険に晒す者も、この世から消える。


 そう思った瞬間だった。


「――アテーナさん! 待って! ダメです、殺しちゃ!」


 扉の向こうから、必死な声が響いた。


 その声は凍りついた空気を裂き、一直線に僕の胸へ飛び込んできた。


 アラロス――。


 振り返ろうとした。


 腕を止めようとした。


 けれど。


 動かない。


「……え?」


 指先ひとつ、自分の意思では動かなかった。


 まるで身体の主導権を、誰かに奪われたようだった。


 胸の奥から、冷たい何かが這い上がってくる。


 血管を伝い、心臓を掴み、頭の中へ入り込んでくる。


 嫌な感覚だった。


 自分という器の中に、自分ではない"誰か"が立ち上がる。


 そんな恐怖。


 僕は必死に叫ぶ。


 **やめろ。**


 **動くな、止まれ。**


 それなのに、身体は笑っていた。


 口元だけが、ゆっくりと吊り上がる。


 僕の笑い方じゃない。


 声帯も、呼吸も、何もかもが自分のものではないような違和感。


 まるで鏡越しに、自分の身体を見せつけられているようだった。


 アラロスは青ざめた表情で一歩前へ出る。


「アテーナさん……言うこと聞いて…」


 その声には怯えと、不安と、それでも信じたいという願いが滲んでいた。


 僕は答えようとする。


 「逃げてくれ」と。


 だが、口からこぼれたのは知らない言葉だった。


「……アラロス様。」


 違う。


 僕は彼女をそんなふうに呼ばない。


 声も違う。


 低く、静かで、どこか懐かしさすら感じる響き。


「ご安心ください。」


 僕じゃない"誰か"が、一歩前へ出る。


「あなたに仇なす者は、私がすべて排除いたします。」


 アラロスの瞳が大きく揺れた。


「……アテーナ、じゃない。」


 震える声で、それでも彼女は僕を見据える。


「あなたは……誰なの?」


 部屋が静まり返る。


 僕の意識は暗い海の底へ沈んでいく。


 薄れていく意識のの中で、その"誰か"は寂しそうな

笑みを浮かべた。


「……忘れてしまわれたのですか。私は――」


 名を告げようとした、その瞬間だった。


「ごめんね。」


 背後でトーマスが小さく呟く。


 魔法陣が足元に浮かび、淡い光が部屋を包み込む。


「夜帳のヴェール」


 柔らかな光が僕の身体を包んだ。


 抗おうとしても、まぶたは鉛のように重い。


 意識が再び闇へ沈んでいく。


 最後に見えたのは、涙を浮かべながらこちらへ駆け寄るアラロスの姿だった。


 ――ごめん。


 そう心の中で呟いたことだけは、確かに覚えていた。



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