ネクストステージ
長い沈黙が会議室を包んだ。
誰も口を開かなかった。
話の重さに、言葉が追いつかなかったのだ。
やがて僕は一つだけ、絶望にかまけてスルー
してしまった内容があることに気づいた。
「…一つ聞いてもいいか。」
エーギルは静かに頷く。
「人質ってどうゆうことだ?街の人たちは笑っていた。子どもたちは遊んで、大人は普通に買い物をしていた。まるで戦争なんて起きていないみたいだった。」
僕は拳を握る。
「外では何千人もの人が殺されているんだぞ。」
「なのに…どうしてこの国だけ……あんなに平和なんだ。」
エーギルは少しだけ目を伏せた。
「逆なんだ。」
「……え?」
「あそこにいる人たちは、ネフィリムの国民じゃない。」
僕は思わず顔を上げる。
「全員、騎士団員の家族だ。」
その一言で、背筋が冷たくなった。
「ロザート王は騎士たちを裏切らせないため、人質としてこの国へ集めた。」
「街を囲むあの巨大な壁も、外敵を防ぐためだけじゃない。」
「中にいる人間を逃がさないためでもある。」
僕は窓の外を見つめる。
さっきまで平和だと思っていた景色が、一瞬で牢獄に変わった。
子どもたちの笑顔も。
市場の賑わいも。
全部、檻の中の平和だった。
「……じゃあ、本当のネフィリムの国民は?」
エーギルは答える。
「悪魔の国の地下都市へ避難させた。」
「まだ話の分かる連中が治めている場所だからしばらくは安全だろう。」
僕は安堵すると同時に、地下都市という言葉に複雑な思いを抱いた。
あそこは災害時の避難施設として造られた場所。
だが今では、他種族との共存を拒む過激派が集まる場所としても知られている。
もし彼らが力を持てば、新たな火種になるかもしれない。
平和は、本当にどこにも残っていなかった。
エーギルは机の上に地図を広げる。
「今の戦力は互角だ。」
「だが相手には、市民を魔物へ変える騎士がいる。」
「長期戦になれば、俺たちが不利になる。」
地図の一点を指差した。
「だから地下都市の協力は、切り札だ。」
「こちらの戦力が削られた時か、最終決戦の前に動いてもらう。」
僕は小さく頷く。
ようやく、自分が何をすべきか見え始めていた。
世界を元に戻す。
そのためには、戦うしかない。
エーギルは立ち上がった。
「話は以上だ。」
「俺はこれから情報収集へ向かう。」
扉へ向かいながら振り返る。
「そうだ、忘れてた。」
少しだけ笑う。
「アテーナ。」
「お前は明日から第八部隊所属だ。」
「え?」
突然の話に思わず聞き返す。
「アラロスは第五部隊。」
「二人とも、明日の朝一番で隊長へ挨拶に行け。」
それだけ言うと、エーギルは部屋を出て行った。
静かに扉が閉まる。
会議室には僕とアラロスだけが残された。
窓の外では、夕日が街を赤く染めていた。
その景色は美しかった。
けれど僕には、血に染まった空にしか見えなかった。
「……よろしくね。」
沈黙を破ったのは僕だった。
アラロスは少し驚いたようにこちらを見る。
そして、ほんの少しだけ微笑んだ。
「はい。」
「よろしくお願いします、アテーナさん。」
その笑顔は儚かった。
昨日までなら、もっと無邪気に笑えていたはずなのに。
戦争は、人の笑顔さえ変えてしまう。
僕は窓の外を見上げた。
父さん。
僕はもう、昔の僕には戻れない。
だけど、この戦いだけは逃げない。
その誓いだけを胸に、僕はゆっくりと拳を握り締めた。
こうして僕は、反逆組織の一員となった。
平和を取り戻すための戦いは、まだ始まったばかりだった。




