真実を話そう1
エーギルは僕の腕を強く掴んだ。
その手は驚くほど冷たかった。
「歩けるか。」
「……ああ。」
本当は立つことすら辛かった。
背中の傷は脈打つたび熱を帯び、心臓が鼓動するたび痛みが全身へ広がっていく。
それでも立つしかなかった。
ここで膝をつけば、二度と立ち上がれない気がしたから。
「行くぞ。」
エーギルは周囲を見回しながら駆け出す。
僕も後を追った。
街は迷路になっていた。
昨日まで人々が歩いていた道は、瓦礫という名の墓石で埋め尽くされている。
煙は空を覆い、太陽は黒い布を被せられたように姿を隠していた。
昼なのに夜だった。
世界が息を止めている。
そんな錯覚を覚えた。
角を曲がるたび、新しい絶望が待っていた。
助けを求める声。
瓦礫の下から伸びる手。
焼け焦げた家族写真。
僕は目を逸らした。
見てしまえば足が止まる。
足が止まれば死ぬ。
それでも耳だけは塞げなかった。
「助けて……。」
幼い子どもの声だった。
胸が締めつけられる。
身体が勝手に止まりそうになる。
「行くな!」
エーギルが僕の肩を掴んだ。
「でも!」
「死にたいのか!」
その一言は、あまりにも残酷だった。
「…この出血量じゃもう…」
歯を食いしばる音が聞こえた。
それは僕ではなく、エーギルだった。
彼も助けたいのだ。
助けたい。
それでも助けられない。
騎士だった男が、一番それを理解していた。
僕は拳を握る。
爪が皮膚へ食い込む。
痛みで涙をごまかそうとした。
けれど、涙は止まらなかった。
街を抜ける。
煙が少しずつ薄くなる。
代わりに潮の香りが風へ混じり始めた。
海だった。
青いはずの海は、灰色の空を映し、まるで鉛を流したように鈍く光っている。
波だけは何も知らないように砂浜へ寄せては返していた。
その穏やかさが、かえって恐ろしかった。
エーギルはようやく足を止める。
大きく息を吐き、そのまま砂浜へ腰を下ろした。
僕も隣へ座る。
風だけが二人の間を通り抜けていく。
長い沈黙だった。
互いに口を開こうとしては閉じる。
言葉にしてしまえば、もう後戻りはできない。
そんな沈黙だった。
「……説明してくれ。」
先に口を開いたのは僕だった。
声は驚くほど落ち着いていた。
いや、
落ち着いているのではない。
感情が壊れてしまっていた。
「何が起きたのか教えろ!」
エーギルは海を見つめたまま、小さく頷く。
波が砕ける。
その音だけが、静かな浜辺へ繰り返し響いていた。
「国王会談で――。」
彼はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ロザート王が……アイビー王とフェルディア王を殺した。」
波音が止まった気がした。
耳がおかしくなったのかと思った。
「……は?」
理解できない。
理解したくない。
昨日まで笑い合っていた三人の王だ。
三つの国の象徴だ。
その一人が、残り二人を殺した?
そんな話があるものか。
「冗談……だろ。」
笑おうとしたが、
笑えなかった。
エーギルは首を横へ振る。
「俺も最初は夢だと思った。」
その目は、もう涙すら枯れていた。
虚ろな目をしていた。
「でも現実だ。」
その言葉が、静かな海へ沈んでいった。
そして僕たちの世界もまた、二度と浮かび上がることはなかった。




