図書室の幽霊(2)
ヘイリーは、「バリー・ハルフォード様というと、王都邸宅の執事ですね」とすぐに答えた。声は穏やかでありながらモノクルの奥の目は私を探り、なぜその名前を口にしたのか考えている。
「ハルフォード様は先日お辞めになったと聞きました。数回会ったことはありますが、手紙での事務的なやりとりがほとんどで個人的な付き合いはありません」
執事同士の交流が希薄だったのは少々残念だ。ハルフォードさんが領地での公爵の姿を知っていたら、一人で悩まずヘイリーに相談するくらいはしたかもしれない。
「ハルフォードさんが言っていたの。公爵様はサビナ夫人と出会って変わった。私を憎むようになったと。ヘイリーは私の母を知っているようだし、あなたがどう感じていたのか知りたいわ」
ヘイリーは額の皺をわずかに深くし、そのあと周囲をうかがった。アンはまだクローゼットルーム。スタンリー卿は開け放たれた扉のそばでこちらに背を向けている。
「侍女と護衛は気にしなくていいわ。彼らは私に関する様々な噂を知ってるし、あなたも私がどんなふうに言われているか知らないわけではないでしょう?」
ハルフォードさんよりは若く、おそらく公爵と同年代だろう。彼はため息を堪えるようにゆっくり息を吐いた。
「この屋敷の使用人は噂など信じていません。しかし、そういった噂について公爵様に尋ねることはできませんでした。王室やエンディンとの間で何かしら取り決めがあって、公爵様はそれに従わざるを得ないのだろうと考えておりましたから。グレイアム家についてもです」
「グレイアム? なぜグレイアムの名がここで出るの?」
「――サビナ夫人と公爵様の結婚は、何かしら取引があって決まったのではないかと考えています。そう考えないと腑に落ちないことがあまりにも多いですから。ハルフォード様が『公爵様が変わった』とおっしゃったのも、私たちと同じ違和感を抱いたからでしょう。
公爵様はクレア夫人を心から愛しておいででした。だからこそあの事件の捜査継続を訴えておられたのに、突然捜査は打ち切られ、ほぼ同時にサビナ夫人との結婚が決まったのです。公爵様とクレア夫人の仲睦まじい姿を知る者なら誰でもおかしいと感じたはず。ですから、公爵様の王都での振る舞いはすべて演技だろうと……」
「王家、エンディン王国、グレイアム侯爵家。三者との密約を守るための?」
「はい」
「ここでの振る舞いのほうが演技だとは思わない?」
「それはありません。使用人は邸内でのことを外部に漏らさないよう細心の注意を払っています。でなければ、公爵夫妻は不仲だと噂が立つでしょう。アリシアお嬢様と公爵様の仲も良くないと思われるはずです」
視界の隅でスタンリー卿の肩がピクリと動いた。話が聞こえているようだった。アンがこれだけ長く戻ってこないのは、こちらの状況を察して気を利かせているのだろう。たぶん、聞き耳を立てながら。
「ヘイリー。公爵様は、ここでどんなふうにお過ごしなの?」
「いつも忙しくしておいでです。特に、サビナ夫人がご宿泊のときは朝早くに出掛けられ、夜中まで戻られません。意図的に顔を合わせないようにしておられるようです。公爵夫人とアリシアお嬢様はいつも一泊か二泊でここを発たれますが、デリックお坊ちゃまとイーノックお坊ちゃまは一週間ほど過ごされますので、それと比較するとアリシアお嬢様と公爵様の仲は良くないように見えるのです」
「そう……」
フランクリン公爵夫妻は、外ではそれなりに仲の良い夫婦として振る舞っている。そして、二人ともアリシアを溺愛している――ということになっている。
私が知っていたのは公爵の外面だけだったのだろうか。公爵とサビナ夫人とが東棟でどう過ごしているのか、私は知らない。
「ヘイリー。公爵様と双子とは仲良くしている?」
「仲が良いという言葉とは少々違うように思いますが、公爵様はお二人を気にかけておられます。お坊ちゃま方はお父上を恐れておいでですが」
最後のひと言を、ヘイリーは冗談めかして口にした。
スタンリー卿の咳払いが聞こえて振り返ると、彼は誰かを出迎えるように頭を下げている。足音が近づき、姿を見せたのはフランクリン公爵だった。




