表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
89/91

母の肖像(1)

 翌朝目覚めたとき、太陽はすでに水平線の上だった。まだ午前九時にもなっていないのに王弟夫妻は出かけており、街に出るならホテルの案内役のサラ・パーカーを頼るようにと伝言が残されていた。


「出目ちゃん」


 呼んでみたけれど姿はなかった。

 出目ちゃんがいなくなったことに気づいたのは昨日の夕食前。最後に見たのは公爵と会話をした一階ロビーだ。


 あのとき、出目ちゃんは公爵に興味を持っていたようだったし、フランクリン公爵邸について行ったのかもしれない。もしかして〝のっぺり〟がほぐれていたのだろうか。


「ファミリアって、こんな自由に動き回れるの?」


 今度セラヴィに会ったらファミリアを呼ぶ方法を聞いておかなければ。そう頭の隅に書き留め、ベルを鳴らしてアンを呼んだ。 


 着替えを済ませて軽く朝食をとり、案内役のサラ・パーカーを部屋に呼ぶ。現れたのは黒髪に黒い瞳をした私と同年代くらいの女性。保科主任が、彼女と同じような肩までの黒髪ストレートだった。


「珍しい髪色ね」


「母がソト共和国出身なんです」


 ソト共和国は大陸の内陸部にある小さな国。エンディン王国の東側に隣接している。


 サラによると、外国人をもてなすことの多いミレー・ロイヤルホテルには、大陸出身の使用人が数多くいるらしい。このあたりには大陸各国の展示館や観光施設があり、周辺の住宅は主に外国人居住者のものだという。


「治安は?」


「領民と外国人の間でたまに揉め事はありますが、大きな事件は滅多に起きません。血の気の多いのは漁業関係者で、漁港は離れた場所にありますから」


「昨日見たデモは? 北部独立反対と言っていたけれど」


「ご覧になったんですね」


 サラは憂うように瞼を伏せ、そのあと真剣な表情で顔を上げた。


「おそらく、今夜は騒ぎは起きないと思います」


「王弟殿下が公爵邸に行かれるから?」


「彼らが日程まで把握しているかどうかはわかりませんが、王弟殿下と妃殿下は今、ミレー港を訪問なさっているんです。昨夜のデモをご覧になって、直接話をしたほうが良いと判断なさったようです」


 王弟殿下の性格ならあり得そうなことだった。王都でも自ら火消しに回っていたし、フレディ殿下のまっすぐな目と堂々とした物言いは説得力がある。


「私が置いてけぼりにされたのはそういうことだったのね。そう言えば、私と第二王子殿下のおかしな噂もこのあたりまで届いているのかしら?」


「――はい。デモに参加している人たちは、その件についても王弟殿下に説明を求めているそうです。数日前、フランクリン公爵閣下がウィラー商会長と面会して噂を否定したそうなのですが、そのあとに第二王子殿下が聖征記念祭に参席されるという記事が出て」


「なんだか申し訳ない気分ね。いっそ、フランクリン公爵領を素通りしたほうが良かったかもしれないわ」


「そのようなことをおっしゃらないでください。実は、私の母は前公爵夫人の案内役をしたことがあるのです。夫人がスパイだなんてまったく信じていませんし、あの事故の件も――」


 サラは侍女と護衛騎士の視線に気づいてハッと口をつぐんだ。そして、言おうとしていたのとは違うだろう言葉を口にする。


「母は帰国しましたが、娘の私を公女様の案内役にと指示されたのは公爵閣下だと聞いています。私は前公爵夫人には直接お会いしたことはありませんし、母も案内役をしたのは一度だけですが」


「母が行った場所に案内してくれるということ?」


「そうさせていただきたかったのですが、本国にいる母に手紙で尋ねるには時間が足りませんでした。以前母から聞いたのは、前公爵夫人は砂浜を散歩するのがとてもお好きだったということです。そのために、領地に滞在なさる間の何泊かをこのホテルで過ごされていたのだと」


「そう。砂浜はすぐ目の前だし、散歩もいいかもしれないわね」


 このままだと散歩で終わってしまうと思ったのか、アンが「どこか良い場所は?」とサラに聞いた。


「午後四時にはフランクリン公爵家の馬車が迎えに来ることになっていますので、お着替え等の時間を考慮しますと、あまり遠くまで行くことはできません。海岸通り近くの、外国人の多い場所のほうが比較的安全と思われますので、いくつかおすすめの場所をご提案させていただきます」


 サラが提案したのは、海洋生物の骨を展示しているという博物館、大陸の作品を飾った美術館、大陸各国の品々を扱う宝石商――。しかし、行き先よりも気になることがあった。


「外国人の多い場所のほうが安全って、どういうことかしら」


 サラは一瞬言い淀んだが、それは言いづらいことを話すための〝躊躇う演技〟のように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ