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傷心旅行へ(2)

 王弟殿下は、ウォルト殿下に対するのよりも、スタンリー卿に対してのほうが気安く接しているようだった。それはおそらく、スタンリー卿のほうが年齢が近く、家庭を持っているという共通点があるからだろう。


 スタンリー・アンダーヒルはウォルト殿下よりも十一歳年上の二十八歳。妻は今、二人目の出産を終えて子どもと一緒に実家で静養中だという。


 アーロン・カーティスもスタンリー卿と同じくらいのはずだが、結婚の話は聞かない。侯爵家の長男があの年で妻がいないというのは、何かしら問題があると思われてもおかしくない状況だ。


 王弟殿下が「アーロン・カーティスは二十六だったか」と口にした。


「弟はとっくに結婚して子どももいるというのに、カーティス侯爵家の後継者は独り身だ。自分の後は甥に継がせればいいと言ってると聞いたぞ」


「アーロンは本気でそう思ってるみたいです。初恋がトラウマになって女性が信用できないって、酔っ払って言ってました。たぶん、手ひどく振られたんじゃないでしょうか」


「ラニア公女のことは?」


「公女様をアーロンが気にしているというのは事実だと思います。妹から聞いたときは半信半疑だったんですが、あいつの口から最近よくラニア公女様の名前を聞くんですよね」


「へえ。何て言ってるんだ?」


 ミローナ妃殿下は二人の会話に耳を傾けながら静かに紅茶を飲んでいる。私も口をはさむ気にはなれなかった。自分が話題にされているときに出しゃばるのは自殺行為だ。


「だいたいがレイモンド殿下への愚痴ですね。公女様への態度はいくらなんでも酷すぎると」


「なら、自分がラニア公女に求婚しろと言ってやれ」


「言いましたよ。そうしたら『おまえは馬鹿か』って怒鳴られました。本心はどうか知りませんが、求婚したくてもできないでしょう。アーロンはレイモンド殿下の右腕で、殿下が邪険にしている相手に求婚だなんて――」


「アンダーヒル卿、もう少し考えてから発言しましょうね」


 ミローナ妃殿下に窘められ、スタンリーは「申し訳ありません」と私に向かって頭を下げた。王弟殿下はそのやりとりを受け流し、思案するように腕を組む。


「アーロン・カーティスとラニア公女というのは、悪い組み合わせではないと思うがな。ウォルトとラニア公女よりは現実的だ。むしろ、ラニア公女を振り回した責任をとるという意味で、レイモンド自ら仲介してやっていいくらいだろう。王族からの勧めならカーティス侯爵家も断らんだろうし、本来のレイモンドならそれもあり得たかも知れない。――とは思わんか」


 フレディ殿下は私に尋ねたようだった。ミローナ妃殿下は「答えなくてもいいですよ」と優しく微笑み、扇で夫の手を叩く。


 私はあえて王弟殿下の問いに答えることにした。


「――私は、そうは思いません」


「なぜだ」


「仮に、レイモンド殿下がアリシアに洗脳されずに以前のままだったとします。その場合、今回のように拙速に物事を進めることはなさらず、アーロン卿が私に同情することもなかったでしょう」


「それは答えにならん。望まぬ婚姻はアーロン・カーティスに申し訳ないと考えているのかもしれんが、レイモンドがそなたに相応の相手を紹介しようとするならば、アーロン・カーティスの名は当然候補に上がるはずだ。王族の意向であれば、カーティス家は受け入れるだろう」


「そうかもしれません。しかし、そうなった場合、アリシアは自分の意のままにならないレイモンド殿下を排除しようとするでしょう。洗脳の対象はアーロン卿、そして第二王子殿下にも向けられるかもしれません」


 王弟殿下はため息交じりのうめき声を漏らし、天井を仰いだ。


「レイモンドを殺してウォルトを王太子にし、その妻の座におさまろうとする――ということか」


「恐ろしい想像ですが……」


「そこまでするとは思えんが、フランクリン家での公女の状況を聞く限りあり得ないことではないか……。すべての元凶をどうにかしないことには、仮定の話をしたところで何の意味もないな」


 王弟殿下にあまり危機感がないのは仕方のないことだ。私が処刑されたことも、執事が殺されたことも、今のところセラヴィしか知らない。今この場で前世のことを明かそうかとも考えたが、逆に怪しまれそうでやめた。

 

「ラニア公女の気晴らしにと旅行にお誘いしたのに、その口で彼女の傷をえぐるようなことをなさるなら、この部屋から出ていってくださる?」


 ミローナ妃殿下は夫に向かって微笑み、王弟殿下はきまり悪そうに咳払いして手元のベルを鳴らす。従者が顔を出すと、「演奏を頼んでくれ」と命じた。


「私の夫は都合が悪くなるといつもこうなのよ。すべての女性が音楽で機嫌を直すとは限らないのにね」 

 

 ミローナ妃殿下は音楽鑑賞を好まれるようだった。バイオリンとビオラとチェロのカルテットに耳を傾け、車窓を眺めていると、時間はあっという間に過ぎていく。


 じきに海が見え、「もうフランクリン公爵領だ」と王弟殿下が口にした。


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