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傷心旅行へ(1)

 ライニール王国に初めて蒸気機関車が走ったのは二十八年前。貿易拠点である王国東部沿岸の港湾都市と王都(サヴァ・ライナ)を結ぶ、貨物輸送列車から始まった。この路線はロイヤルラインと呼ばれている。


 運行開始から数年は燃料となる石炭の大部分を輸入に頼っていたが、じきに王国西部で炭鉱がいくつか発見された。王都と西部を繋ぐ西南路線が急ピッチで敷設され、ロイヤルラインの旅客列車は日に何度も行き来するようになり、貴族向けの車両は際限なく豪華になっている。 


 豪華列車の先駆けと言っていいのが、私の母がエンディン王国からやって来た時に製作されたロイヤル列車。フランクリン公爵領で盛大な式を挙げた後、ホテルの客室のような車両に乗って王都まで移動。王宮でもう一度結婚式を行ったそうだ。


 フランクリン公爵夫人となったあと、母は夏になると避暑がてらフランクリン公爵領に赴いた。白い砂浜が何キロにも渡って続くミレーの砂浜を、私を抱いて散歩したらしい。だから、私もロイヤルラインを利用したことがあるはずだ。けれど、四歳の夏には母は死んでいたし、それ以前のことは覚えていない。


 王太子妃付きの侍女としてロイヤル列車に乗ったとき、蒸気機関車の速さに驚いた。馬車など比較にもならない。競馬場の馬なら同じくらいの速さかもしれないけれど、それを何百キロメートルと走るのは動物には無理な話。


 車内の豪華さにも目を瞠った。王室専用だから当然かもしれないが、寝室、書斎、シャワー室、ドレスルーム、応接室、音楽家の生演奏――すべてを列車に詰め込んで運んでいるようだった。


 田畑や牧羊地のような開けた場所を通るとき、汚れた服を着た人々が、作業の手を止めてロイヤル列車に手を振った。あの頃、アリシアがそういった庶民の行動に目を止めることはなかったけれど、ミローナ王弟妃殿下は今、窓の外に向かって手を振り返している。収穫の終わった小麦畑にはところどころ藁の山があり、その傍らで手を振る豆粒のような人々に。


「ミローナ。あんなに遠いのに向こうから見えるわけがないだろう」


 フレディ王弟殿下が言うと、妃殿下は「そんなことありません」と返す。


 リビングルームのような車両で、王弟殿下は朝からワインを、私とミローナ妃殿下とは紅茶を楽しんでいた。アンは自分の部屋で待機し、この空間にいるのは私たち三人以外に護衛騎士が一人。


 新聞記者に囲まれて王都のサヴァ・ライナ駅を発ったのは昨日の昼過ぎのことだ。今日の夕方には最初の目的地であるフランクリン公爵領の港湾都市ミレーに到着することになっているが、まだ海が見えてくる気配はない。


「ミローナが初めてロイヤル列車に乗ったときは、子どもみたいにはしゃいであちこち連れ回されたんだ。それに比べてラニア公女は落ち着いているな。豪華列車に乗り飽きた王族のようだ」


 一度目の人生で何度も乗って、バックヤードまで知っている。もちろんそんなことは言えない。


「こんな豪華な列車に私が乗ってもよいのか、複雑な気分です。婚約がなくなり、私がロイヤル列車に乗ることはないと思っていましたし」


「公女。ロイヤルだ何だと言っても列車は列車だ。家具が派手派手しいだけで人と物を運ぶことには変わりない。公女よりも使用人や騎士らのほうが素直に喜んでいるぞ。なあ、スタンリー」


 話を振られた護衛騎士は、「ワインも飲めれば言うことはないんですが」と王弟相手に不遜なことを口にする。フレディ殿下は「飲むか」と自分のグラスを持ち上げるが、当然ながら冗談だ。


 騎士の名前はスタンリー・アンダーヒル。アンダーヒル侯爵家の長男でレイラの兄、アーロン・カーティスの友人。そして、王弟殿下がこの旅のために私に付けてくれた護衛騎士でもある。


 スタンリー卿は他の騎士や使用人がいるところでは礼儀正しいが、昨夜のディナーの時に王弟が「普段通りにしろ」と命じてからこんなふうになった。しかも、今回の旅の目的も共有しているらしく、アンダーヒル家と王弟とが親しいことはもはや疑うまでもない。


 侍女時代に王宮でスタンリー卿の姿を見た記憶があるが、同時期に妹のレイラは王都にいなかった可能性が高い。王弟殿下と第二王子殿下は北部。目の前の光景を踏まえると、スタンリー卿は王宮と騎士団の情報を密かに収集し、北部にいる彼らに流していたのかもしれない。


 ――そんなことを考えながらスタンリー卿と王弟殿下とを見比べていると、殿下が悪戯っぽく太い眉を持ち上げた。

 

「そういえばスタンリー。アーロン・カーティスがラニア公女を気にかけているというのは本当か? あいつは女が苦手なんだと思っていたが」


「女が苦手?」


 私は思わず口にする。男二人は顔を見合わせてニヤッと笑った。


 

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