グラスハウスの花(4)
毒という言葉に反応し、パランがピクリと耳を動かした。たてがみに覆われた丸っこいその耳にも届くように、私は話を続ける。
「冤罪よ。すべてアリシアが仕組んだことだった。私が処刑される直前、アリシアが地下牢までやってきてこう言ったの。自分は偉大な悪魔で、アリシアの魂は生まれた直後に食べた。全部、洗脳による茶番劇だったって。悪魔の計画通りに私は断頭台に上がり、死んで果菜に転生した。そして、二十八歳で出目ちゃんと一緒に死んだの。それをあの舞踏会の夜に思い出した。出目ちゃんが現れたのと同時にね。どう? 信じられそう?」
「まだなんとも。ただ、王太子毒殺未遂というのは気になります。ラニア公女様はその頃――」
「王太子妃になったアリシアの侍女だった。女官の下に配属されるわけでもなく、王太子妃直属の侍女という中途半端な立場だったわ。二十四歳にもなって、未婚のまま」
「……王太子妃の姉であり、公爵令嬢でもあるのに、女官ではなく侍女ですか」
セラヴィの表情が嫌悪に歪む。私ではなく、私に対して不当な扱いをしたアリシアへの嫌悪だ。
「私がやっていたのは社交のお供だから、名誉女官みたいなものだと言えなくはないわ。けれど、名誉女官のように華を添えるのが役目というわけではなかった。自分よりも身分の低い、アリシアが任じた名誉女官の一歩後ろで、息を潜めて王太子妃のドレスの裾を直すの。社交場でなくても金魚のフンみたいにアリシアの後ろをついて行くのが私の仕事。悪評も相変わらずだったし、王宮も、どこもかしこも今のフランクリン公爵家みたいだった。それだけじゃないわ。私がレイモンド殿下を誘惑して王太子妃の座を奪おうとしているという噂が広まった。愚かな私はアリシアを味方だと思っていたけれど、彼女の護衛騎士だったアーロン卿からは何度も剣を突きつけられた。王太子妃殿下を害するつもりか、って。もちろん洗脳のせいよ」
膝に置いた両手に知らず力がこもり、ドレスに皺が寄る。
「ここは暑いですね」
セラヴィが言い、どこからか涼しい風が吹いてきた。獅子精霊の力らしく、パランの白い尾が揺れるたびに風が優しく肌をなでていく。
「ねえ、セラヴィ。魔法で鍵は開けられない?」
私は温室の奥に見える蒸留室の扉を指さした。許可なく開けるべからずと主張するように、大ぶりの南京錠がぶら下げられている。
「公女様は、毒殺未遂に使われた毒があそこにあると考えているのですか?」
「そういうわけじゃないわ。あの事件は私が二十四歳の時のことだから、まだ三年も先だもの。でも、一度目の人生では今の時点で執事が死んでるの」
なるほど、とセラヴィはこめかみを押さえた。思っていたよりも深刻な状況だと気づいたようだ。
「しかし、蒸留室にそれらしいものはなさそうです。香水やアロマオイル、ポプリなど、公爵夫人の蒸留室にあってもおかしくないものばかりのようでした」
「入ったの?」
「パランが見てきたんですよ。魔法で鍵は開けられません。魔法は自然への干渉ですから、鍵のような複雑な人工物を魔法で解くのは難しいんです。やるとすれば金具部分を溶かすか、木戸を燃やすか」
「そんなことしたら大騒ぎになるわ」
「だからパランに頼んだんです。デミュチューンも一緒に中に入りましたから、詳しく知りたければ後で聞いて――」
唐突にパランが体を起こし、続いてセラヴィも警戒心をあらわに腰を浮かせた。出目ちゃんは「見てくる」と急上昇。
セラヴィとパラン、イランイランの木の上にいる出目ちゃん。三人とも温室の正面扉の方角を気にしているようだった。私も立ち上がろうとしたけれど、「隠れて」とセラヴィに手で制止される。
かすかに聞き覚えのある声がした。
「家令だわ。誰かと一緒みたいだけど」
セラヴィは「こちらに」と私の手をパランの背に触れさせた。マントを回収し、自らも同じようにパランに触れる。
「パランに触れていれば姿は見えません。喋っても音をたてても大丈夫です。ただ、見えないだけで消えるわけではありませんから、物にはぶつかりますよ」
「わかってるわ」
「ならいいです。一番近い出口に向かいましょう」




