グラスハウスの花(3)
東棟二階の窓を見上げると、騎士が花瓶の位置を変えているところだった。異母弟たちが部屋に戻ったことは知っているはずだが、頼まれたことは律儀に守るタイプらしい。彼は私に目礼して姿を消した。
「セラヴィ。あなたの姿は私以外には見えていないの?」
「堂々と姿を見せて忍び込むわけにはいきませんからね。公爵夫人と家政婦長がいない時を狙って来たら、まさか公子様方と鉢合わせるとは」
「レイラング山の土と植物を盗みに来たって聞いたけど、あなたもビアズリー領に行くのでしょう? その時に採取するのではいけなかったの?」
「私は植物研究がしたいわけではありません。公爵夫人がここで何をしているのか知りたかっただけです。興味があるのはこの温室。あてもなく山歩きして花を摘む趣味はありません」
セラヴィはそんなふうに言うと、温室の主のような顔でパランを連れて中に入っていく。私は周囲をうかがい、窓に騎士がいないのを確認して彼の後を追った。
パランのたてがみから目だけ出していた出目ちゃんは、私と目が合うと毛の中に隠れる。遊んでるのかと思ったけれど、また同じように目だけ出しては何か言いたげに私を見る。
「出目ちゃん」
名前を呼ぶといつもは飛んでくるのに、何も言わず白い毛の中に潜り込んだ。セラヴィはクスッと笑い、たてがみの上から出目ちゃんをなでる。
肩幅程度の煉瓦道を奥へ進むと湿度はいっそう高くなり、匂いはさらに濃くなった。匂いの源は天井に届きそうなほどの高さの黄色い花をつけた木。王宮の大温室でも栽培されているイランイランだ。
目の前には、一メートルくらいありそうな大きな葉。サトイモに似た葉を持つこの植物はクワズイモ。「食わず芋」の名の通り食用にはならず、グロリオサと同じく毒性がある。前世で読んだ本には、誤食による中毒はもちろん、葉や茎を切った時に出る汁で炎症を起こすとあった。
ひときわ甘い匂いを放つのは、トランペットのような形状の白い花をつけた朝鮮朝顔。野草の本に「毒草」として載っていたはずだが、これも果菜の知識。
グロリオサ、クワズイモ、ダチュラ。この三種類の植物の共通点は毒性を持っていること。そして、王都には出回っていないということ。
「公爵夫人はここで毒でも作っているのかしら」
一度目の人生、王族殺害未遂の証拠となったのは、私の部屋で見つかった毒だった。レイモンド殿下の紅茶から検出されたのと同じ毒だと聞いたが、毒の種類は教えてもらえなかった。
「座って話しましょうか」
セラヴィはマントを脱ぎ、二人掛けのベンチに敷く。手をとって私を座らせる所作は手慣れた紳士のものだが、外見が十五歳なだけに子どもが大人のまねをしているように見える。
魔術師セラヴィ。
出目ちゃんを信じるなら雨島唯の生まれ変わり。
「そんなに見つめられると照れますね」
セラヴィは顔色ひとつ変えずに言う。
「特別な意味はないから気にしないで。ユイユイのことを考えていただけだから」
「似ていますか?」
「それは出目ちゃんに聞いてくれる?」
「聞きましたよ、色々と。公女様に前世の記憶があること、死に戻り令嬢、前世が大魔道士、ユイユイがこの世界を舞台にした小説を書いていた――とか」
頭が真っ白になり、視界の隅で黒い出目金が白い毛の中に引っ込む。さっきから様子がおかしかった理由がようやくわかった。パランは我関せずという態度で、セラヴィの足元に丸くなって目を閉じている。
「ラニア公女様。デミュチューンはあなたの安全を考えて私に色々教えてくれたんです。叱らないであげてくださいね」
「叱ったりしないわ。口止めしていたわけじゃないし、私の口から言ってもどうせ信じてもらえないと思って言わなかっただけだから。それで、出目ちゃんから聞いた話の感想は? 精霊の言うことなら信じられそう?」
セラヴィは思わせぶりに「う〜ん」と唸った。顔は笑っているから、からかっているのだろう。出目ちゃんがパランのたてがみから出て、ようやく私のところにやって来た。
「ユイユイは仲間だぞ。だから役に立つ」
「そうね。私の前世は大魔道士じゃないから、主人公ラニアの代わりにセラヴィに働いてもらわないと」
「ぼくもそう思ったんだ! 悪魔を倒すなら魔法使いが王子の洗脳を解かないといけないし、悪魔を倒すために剣に魔法をかけないといけないんだろう? ユイユイはそんな魔法は知らないって言うんだ。だったら新しい魔法を作らないとな!」
さっきまでとは一転、出目ちゃんはテンション高くクルクル回転している。セラヴィが右手の人さし指でそれを堰き止めた。
「ふたりとも、勝手に話を進めてもらっては困ります。信じるためにはラニア公女様からも話を聞かないと。ね?」
「そうね。何から話せばいいかしら?」
「一番気になっているのは、ラニア公女様の処刑のことです。いったい、何の罪でそのようなことに?」
「レイモンド殿下の毒殺未遂」
セラヴィは眉間に皺を寄せ、「毒?」と呟いた。




