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喋る金魚と悪魔の妹(3)

 アリシアの視線が何かを探すように休憩室内をさまよった。シャンデリアを見上げる姿に、悪魔は出目金が見えるのかもしれないと身構える。けれど、彼女の視線は出目ちゃんを素通りし、私に聖女のような微笑みを寄越した。 その作り物の笑みに、落ち着きかけた胸の奥の炎が疼く。


「お姉様。お倒れになったと聞いて心配しました」


「平気よ。ところで、私がここにいることはレイモンド殿下もご存知かしら?」


「殿下にはお伝えしていません。私が様子を見てくるようお母様に言われました。殿下は会場で談笑しておいでですが、お望みでしたらお連れしましょうか?」


 アリシアは私が断るのをわかっている。婚約破棄の噂が広まっている中で、休憩室から殿下を呼び出したなどと知れたら、未練がましい女と貴族たちに謗られるだけだ。


「殿下に余計な心配をかけてはいけないから、けっこうよ。でも、倒れたと聞いたところでレイモンド殿下が私を心配するかどうか。あなたが倒れたのなら、きっと心配なさるでしょうけどね」


「お姉様、急にどうなさったのです? あの噂を気になさっているのなら、私は何も――」


「そうね、結婚など契約に過ぎないわ。貴族令嬢ごときにどうこうできるものではない」


 強引に言葉を遮られたアリシアは、呆然と私を見つめた。

 花飾りで彩った頭の中で、いったい何を考えているのか。

 貴族令嬢ではどうにもできないことでも、悪魔の力を持ってすれば王族との結婚など容易いと嘲笑っているだろうか。


 果菜の記憶が私に影響しているのだろう。アリシアへの恐怖と復讐心が渦巻きながらも、その一方で「ここは異世界」「これは小説」という、どこか非現実的な感覚が同居している。


「アリシア、八つ当たりしてごめんなさい。体調が優れず過敏になってしまったみたい。もうしばらく休んでいくから、あなたは舞踏会を楽しんで」


「……わかりました。では、会場でお待ちしてます」


 アリシアは違和感を拭いきれないようだったが、すぐに部屋から出ていった。姿が見えなくなると、これでよかったのだろうかと不安になる。彼女の中にいる悪魔は、王宮の人間を、舞踏会に参加した貴族たちを、今この瞬間も洗脳しようとしているのかもしれないのだ。


「果菜、あれは人間じゃないのか?」


 出目ちゃんが休憩室の扉をじっと見ていた。


「わかるの? 私の妹の体に悪魔が入ってるんだけど」


「悪魔? ふうん、のっぺりしてるから変だと思ったが、悪魔なのか」


「のっぺりって?」


「のっぺりはのっぺりだ。生きてる感じがしないし、死んでる感じでもない。それ以上は説明できない」


 出目ちゃんには、外見に惑わされず本質を見抜く力があるのかもしれない。私の前世が果菜だということを見抜いたし、アリシアが人間ではないと言い当てた。とはいえ、悪魔の本質が「のっぺり」とは想像しづらい。


 悪魔には、――人間を洗脳する力がある。

 その力によって私は死へと追いやられた。

 では、操られている人間の「本質」はどうなっているのだろうか。

 生きているのか、死んでいるのか、それとも「のっぺり」しているのか。


 ふと、ひとつの疑問が頭をかすめていく。

 なぜ、アリシアは私を洗脳しない?

 私が大魔道士の生まれ変わりで、悪魔の力が及ばないから?


 ライニール王国の大魔道士はたった一人。五〇〇年前にこの世を去った魔女イマヘラのことだ。ライニール王国建国時に神として祀られ、イマヘラ神教は国教とされている。


「ねえ、出目ちゃん。私に大魔道士だったときがあったと思う? 五〇〇年前に大魔道士だったかもしれないんだけど」


「五〇〇年前に果菜はいなかったと思うぞ」


 にべもなく言い放たれると、それが真実に思えてくる。

 やはり、魔法と獅子精霊を当てにするのは無理そうだった。私の前世は孤高の魔女カナカナで、従えるのは出目金幽霊デメチャーンということだろう。


「帰ろうか、出目ちゃん」


「あの狭いマンションにか? 戻れるのか?」


「私の家。フランクリン公爵邸」


 休憩室を出ると、近くにいたニールと目が合った。私を心配してうろうろしていたのか、彼は周囲をうかがい駆け寄ってくる。


「体調はよくなりましたか?」


「ええ。でも、このまま帰ることにするわ。レイモンド殿下とフランクリン公爵夫人にそう伝えておいてもらえる?」


「承知しました。馬車が必要でしたらご用意しますが」


「公爵家の馬車があるから大丈夫。両親と妹の迎えは折り返してこちらに向かわせるから」


 ニールは「では、お気をつけて」と広間に向かった。彼はまだアリシアの支配下にはないようだけれど、気になるのはレイモンド殿下だ。アリシアと顔を合わせた直後の、彼の高揚した表情が頭を過る。もう、悪魔の手に落ちてしまったのだろうか。

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