ゴシップと政治(1)
王都で最も発行部数の多い『デイリー・イシュー』に私の名が載ったのは、玻璃宮訪問から三日後のことだ。大衆向けの安価な新聞で、広く浅く、平易な言葉でわかりやすく報じる、ある意味『サヴァ・ライナ・ポスト』と正反対のメディア。記事の内容はフレディ王弟殿下が望んだとおりだったが、
『ミローナ王弟妃殿下の叔母であり、ヤリスィス公爵の妹のレディ・クリスティーナによると』
――という記述があった。つまり、マダムは「レディ・クリスティーナ」として他紙に情報提供することで、自分はサヴァ・ライナ・ポストとは無関係、マダム・クロエではないと世間に思わせたかったようだ。
王都新聞各紙は後追いで記事を出し、その多くが第二王子と私のゴシップとして報じた。さらにその後、ゴシップを否定するように『第二王子は同行せず』という記事が出て、また数日後には『王弟夫妻と第二王子は聖征記念祭で合流するだろう』という憶測記事。これらすべてにマダム・クロエが関与しているかどうか、私にはわからない。
意外だったのがフランクリン公爵の反応だ。私の口から報告した際には許可を保留にされたが、記事が出ると「王弟殿下と対立するつもりはない」と、あっさり北部行きを許してくれた。公爵はその後すぐ仕事で領地へと向かい、許可が覆る心配はない。
私の元にはゴシップ好きの貴婦人たちからお茶会の招待状が届いていた。そのいくつかにアンを伴って訪れ、報じられたままのことを話すだけで様々な尾ヒレがついて噂は広まっていった。
「第二王子殿下は何年もラニア様に片想いをされていて、王太子殿下と一緒にいるところを見るのが辛くて北部にいかれたと、そんな話をしている人がいました」
あるお茶会の帰途にアンがそんな話をした。
「侍女の待機室での話よね。アンがいるのにそんな話を?」
「あとで私に気づいて気まずそうな顔をしていました。第二王子殿下は十七歳におなりになるのに婚約者がいらっしゃいませんから、何かしら理由があるのではないかと勘繰りたくなる気持ちはわかります」
「レイモンド殿下は十四歳の時だったし、十七歳で相手がいないのは王族にしては珍しいわね。もしかしたら、北部で探そうとしているのかしら」
私の言葉でアンが神妙な顔つきになった。事情を知る者にとって、今「北部」という言葉は重い意味を持つ。
数日前に発刊された『サヴァ・ライナ・ポスト』に、北部統治と絡めて王室分断の可能性に言及する記事が載った。その影響により、王弟殿下の立場――つまり、大公叙任に関する議論が一部で激化しているらしい。私は今日、お茶会で再会したレイラ・アンダーソンからその話を聞いた。
『うちの家門を含め、南部貴族は基本的に保守派です。国王の名の下に北部地域の一部自治権を認めるという、以前からの方針を支持しています。しかし、北部鉱山を所有する大貴族が中心となって最近主張しているのが「フォンバーガ大公国」としての北部の独立なんです』
ふたりで庭園を散歩しながら、レイラはずっと周囲をうかがっていた。
独立の声は以前からあったらしいが、フレディ殿下の大公叙任が先送りされ続けていることで、僻地の戯言として受け流されてきたのだそうだ。それが、去年になって王弟殿下自ら北部に向かい、しかも第二王子を伴ってのことだったため北部貴族が調子づいた。
レイラはフレディ王弟殿下のことにも言及した。
『マダム・クロエはなぜあんな記事を出させたのかと王弟殿下がぼやいておられましたわ。それで、火消しのために「君主になる気はない」と自ら言って回っているようです。王室も昨日「大公国」を否定しましたし、数日以内には王弟殿下の声明がサヴァ・ライナ・ポストに載るのではないかしら』
レイラの口調も話の内容も、アンダーヒル侯爵家と王弟殿下の近さを感じさせるものだった。彼女が言った「王室による否定」というのは、王室広報官による公式発表のことだ。
『王弟殿下のフォンバーガ大公叙任は適切な時期に行う予定だが、ライニール王国国王の下にフォンバーガ大公領を統治するものであり、独立を認めるものではない』
号外でこれを知った私は「何を今さら」と思い、そして今日レイラと話をしてようやくその背景を理解したのだった。一方、アンはそのあたりの事情を父親のモーラ伯爵から聞いていたようだ。
「父はラニア様のことを心配しておられました。また面倒なことに巻き込まれるのではないかと」
「面倒なこと? モーラ伯爵はどんなふうにおっしゃっていたの?」
「北部貴族は簡単に独立を諦めないだろうし、目的は大陸との石炭貿易を視野に入れた外交権だろうと言っていました。それで、エンディン王国に縁のあるラニア様を北部側に引き入れることができれば、エンディンの後押しが得られると考えているのではないかと」
思わず鼻で笑った。
エンディン王国第三王女の娘、ラニア・フランクリン。
それはエンディン王国のスパイなのか、エンディン王国との架け橋なのか。




