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秘めた想い(1)

 レイモンド王太子殿下が洗脳されていることを、ウォルト第二王子殿下は王弟殿下から聞いていたようだった。それについてどう思っているのか、心のうちは読めない。


 彼はベランダの手すりにもたれかかり、兄と自分とが暮らす翡翠宮の方角に目をやった。見えるのは緑の葉を茂らせたブナの並木道、その奥にある紅葉庭園の、ひときわ背の高い木々。


「ラニア公女がアンダーヒル家で兄と顔を合わせた時、洗脳された兄の〝中身〟の一部が解けたと聞いた。あなたのファミリアがそれを確認したと」


「そうですが、顔を合わせただけで洗脳が解けるわけではありません」


「疑問が必要なのだろう?」


「……はい」


 王弟殿下はかなり詳しく説明されたようだが、考えてみれば当然のことだ。アリシアの魔の手が、いつウォルト殿下に伸びないとも限らない。防衛策を知っておくに越したことはないし、『洗脳されているかもしれない』という疑問を持つだけでも有効な対策と言えるだろう。ただ、知ることは危険と表裏一体。


「叔父上やセラヴィから聞いた話と、悪魔ロードレス、豊穣会に関する情報をもとに私なりに考えてみた。洗脳を解くための『疑問』というのは好奇心や探究心からくるものではなく、自問や自省に近いものではないだろうか。自身に問いかけ、客観視しようとすることで洗脳の強制力に対抗する」


 私も殿下と同じように考えていた。しかし、


「殿下のおっしゃったことが、なぜ私が王太子殿下の洗脳を解く鍵になるのか……」


「兄の〝中身〟に変化があった時、その場にアーロン・カーティスもいたと聞く。ラニア公女と良い雰囲気だったと」


「誰がそのような」


 答えながら、私はレイラ・アンダーヒルだろうと見当をつける。


「観衆は大勢いたはずだ。いずれにせよ、アーロン・カーティスへの嫉妬が兄を刺激したのだと思う。それで兄は自問した。なぜ、自分は嫉妬しているのか――とね」


「何をおっしゃっているのか……」


 混乱した頭の中でレイモンド殿下の蒼い瞳が揺れ、彷徨わせた視線がフレディ王弟殿下と重なった。


「だそうだ、公女。ウォルトには、レイモンドがそなたに惚れていたように見えていたらしい。私は半信半疑だがな」


「叔父上に兄の繊細さは理解できませんよ。公女に対する事務的で冷たい態度は不自然過ぎたし、正直なところ見ていて恥ずかしくなるほどでした。情が移らないように自制していたとしか思えません。義務感だけで公女と会っていたなら、社交辞令でも相応の対応をしたはずです」


「だがな、ウォルト。いずれ婚約者変更をするとわかっていたのなら、スパイ疑惑や悪評のあるラニア公女と距離を置くのは冷静な判断と言えるんじゃないか? 実際、ラニア公女はそう考えたようだが」


「たしかに、それが一般的な見え方なのでしょう。ですが、兄と一番長く過ごしてきたのは私で、叔父上も父上も母上も知らない王太子の素の表情を知っています。ラニア公女との面会の後、兄上はよくぼんやりされていました」


「ぼんやりなあ」


 王弟殿下が肩をすくめ、ウォルト殿下は口を尖らせて不機嫌を露わにした。子どもっぽい表情は王弟殿下との親密さの表れだろう。


「叔父上、できることはやってみようという話になったではありませんか。なぜ邪魔するのです?」


「悪い悪い。ただ、おまえがやろうとしていることは、おまえ自身も公女も無傷ではいられん。やってみればいいとは言ったが、両手を上げて賛成しているわけじゃない」


 いったい何の話かと訝っていると、ウォルト殿下が私の手をとって強く握りしめた。


「公女、兄の嫉妬心をかき立ててくれないか。私と一緒に翡翠宮近くを散歩してくれたらいい。私たちが二人でいれば誰かが兄に報告するだろうし、兄は直接確かめに来るかもしれない」


「……それでは第二王子殿下のお立場が」


「悪魔に王室を蹂躙されようとしているのに、立場など考えても意味がない」


 熱意は伝わってきたが、その熱意が少し恐ろしくもあり、私はうなずくことができなかった。

 

「無理か?」


 返事もできずに戸惑っていると、フレディ殿下が「ウォルトは私に似て強引だからな」と笑う。穏やかで柔和な表情と立ち居ふるまいは、第二王子殿下のほんの一面に過ぎなかったようだ。


「なあ、ウォルト。先日、聖征記念祭のパートナーにラニア公女はどうかと私が提案したときは、公女に悪評が立つのを心配して乗り気ではなかった気がするが?」


「あの時とは状況が違うでしょう? 今は王室の、ひいては王国の危機です」


 ウォルト殿下の認識は正しい。


 私がためらっているのはウォルト殿下の立場を心配してのことではなく、ウォルト殿下と一緒にいるところをレイモンド殿下に見られたくないからだ。彼が何の反応も見せず、あの凍るような眼差しを向けられたら――。


「……わかりました。王子殿下のお言葉通りに――」


「する必要はなさそうだぞ」


 私の言葉を遮り、王弟殿下がブナの並木道を指さした。揺れる梢の合間に見えるのは金髪と赤髪。レイモンド殿下と、近衛騎士のアーロン・カーティスだ。

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