玻璃宮訪問(4)
扉が開く前に私は椅子から立ち上がり、目の端に王弟殿下の姿をとらえつつ頭を下げた。
「公女、私はかしこまったのは好かんと言わなかったか?」
苦笑混じりの声、室内に入ってくる足音はふたり分。ウォルト第二王子殿下だ。
「叔父上、ここはそういう場所なのですから、そんなふうにおっしゃってはフランクリン公爵令嬢がお困りになるでしょう?」
第二王子殿下が申し訳なさそうに私に微笑を寄越し、王弟殿下はあいさつも不要だというようにサッと手を払って私を座らせる。
「玻璃宮は〝そういう場所〟ではないはずなんだがな」
「叔父上はただでさえ社交場に出ないのですから、外部の方が玻璃宮の事情を知るはずがないではありませんか」
「レイモンドは玻璃宮の話を公女にしなかったか?」
クスクス笑いあっていたミローナ妃殿下とマダムが、フレディ王弟殿下の一言で真顔になった。
この場の支配者は王弟殿下。彼は椅子を引き寄せて妻とマダムの間に座り、「ウォルトはそこだ」と第二王子を妃殿下と私の間に座らせる。その距離の近さに戸惑った。
横からの視線を感じて緊張する。
レイモンド殿下が私を見るのは正面から向かい合っている時だけった、近くにいるほど彼の目は別のところに向いていた。隣り合って座るのも腕を組んで立つのも公式の場での義務。集まった人々に応えるのが彼の役割だった。
「で、公女はレイモンドとどんな話をしていたんだ?」
「殿下」
ミローナ妃殿下がたしなめたが、フレディ殿下は質問を引っ込める気はないようだ。
「たいした話はしていません。天気や行事のことなどです。玻璃宮のことは、人がいなくなって静かだと寂しそうにおっしゃっていました。第二王子殿下も北部に行ってしまわれましたし」
「なるほど。それで自ら王宮を賑わしたというわけか。ここ最近のレイモンドをマダム・クロエはどう見ている?」
王弟殿下がその呼び名を口にすると、マダムは実の息子に向けるような呆れ顔で小さくため息をついた。
ウォルト殿下もマダムの正体を知っているらしい。少々意外だったけれど、ウォルト殿下も私に対して同じことを思ったらしく、なんとも言えない微妙な表情を浮かべる。
「フレディ殿下はサヴァ・ライナ・ポストを読まれました?」
マダムは牽制するような満面の笑み。それに応じ、殿下は楽しげに太い眉をクイッと持ち上げた。
「読んだ。読まないわけがない。だが、王太子の婚約報道については満足できる記事がなかった。『婚約者変更はするかどうかではなく、いつするかの問題だった』とあったが、まあ、間違いではない。『春のアリシア公女の誕生日にレイモンド王太子の名で贈り物をしたのも布石だった』と書かれていたのにも同意する。だが、王太子の突発的な公爵邸訪問からの拙速な婚約者変更と婚約式――これについてサヴァ・ライナ・ポストはほぼ触れていないと言っていい」
「他の新聞ではうんざりするほど書かれていたはずですよ。王宮舞踏会でレイモンド王太子殿下がアリシア公女に一目惚れし、いてもたってもいられず求婚したと。楽しいゴシップですが、サヴァ・ライナ・ポストに憶測記事は掲載できません」
「では、叔母上は一目惚れ説は的外れだと思われるか?」
「男女のことは専門外です。私が考えたのは、一目惚れを演出してまで婚約者変更を急ぐ理由が王室にあったのではないかということ。年明けに結婚式を行うことまで発表なさいましたから、できるだけ早くレイモンド殿下に妻を迎える必要があった――そう考えるのが筋と思います。今のところそうすべき理由は見つかっておりませんが、ひとつ考えうるとしたら――」
マダムは意味深な笑みを王弟殿下に向ける。
「叔母上、私の性格を知っていて焦らすのはやめてくれ」
「フォンバーガ大公の件です」
マダムの言葉に、ウォルト殿下が「ああ」と腑に落ちたように吐息を漏らした。




