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アンダーヒル邸での密談(4)

 王弟殿下は自分の近くに何かがいることを察したらしく、黙って成り行きを見守っている。出目ちゃんはセラヴィのほうに向かって泳いだ。


「悪魔だ。悪魔がアリシアの体を乗っ取ってるんだ。中身がのっぺりしてる。悪魔の力で王子を洗脳して、王子ものっぺりしてきてるんだ」 


「のっぺり?」


「のっぺりはのっぺりだ。魔女はぐるぐるしてる」


 セラヴィが通訳を求めるように私を見た。


「公女様、デミュチューンから何か聞いていますか?」


 王弟殿下に出目ちゃんの声は聞こえないはずなのに、嘘を吐いたら斬り殺されそうなほどの鋭い眼光。下手に誤魔化すよりもと覚悟を決めて、私は口を開く。


「先に王弟殿下にご説明させていただくと、出目ちゃん(デミュチューン)というのは私の契約精霊――、ファミリアだそうです。私は魔女ではありませんが、先日、王宮舞踏会があった日から金魚の精霊がずっと私のそばにいます」


「セラヴィ、そういうことがあるのか?」


 魔術師がうなずくのを待って私は話を続ける。


「出目ちゃんには人間の〝中身〟が見えるらしいのです。アリシアを最初に見た時〝のっぺりしている〟と言っていました。中身が動かず固まっているような状態だそうです。逆に、魔法使いは中身が激しくぐるぐる動いている。魔法使いでなくても中身は常に動いている状態が普通で、動きには偏りがあったり、その時どきで変化すると言っていました」


「ラニア公女はどうなのだ?」


「果菜は酒を飲むとぐるぐるするんだ。歌うのも酒を飲んだときだったぞ。ユイユイが来たときも一緒に歌っていた」


 出目ちゃんの言葉にセラヴィがフッと笑い、殿下が「何がおかしい」と眉を寄せる。


「いえ、公女様のファミリアがあまりにかわいいもので」


 はぐらかしたということは、セラヴィは〝前世〟のことは殿下に話していないようだ。


「出目ちゃんが言うには、私はお酒を飲むと少し動きが良くなるくらいだそうです。それより、問題はレイモンド殿下です。アリシアに求婚に来られたときにはすでに中身の半分がのっぺりしていたようなのですが、先日、アンダーヒル侯爵家のお茶会があった日に顔を合わせた時は、以前よりのっぺりした部分が広がっていたとか。それと、実はフランクリン侯爵家にも悪魔の洗脳を受けたと思われる者がいます」


 セラヴィと殿下は表情を曇らせた。


 悪魔の謀略を阻止するには協力者が必要だ。

 誰かがレイモンド殿下の洗脳を解き、

 誰かが彼の剣に魔法をかけなければいけない。

 例えば、王族の信頼を得ているこの魔術師が――。


 私は、フランクリン家の状況について包み隠さず話すことにした。公爵夫妻や使用人の状況だけでなく、侍女長の洗脳、アリシアの目、フランクリン公爵の変貌ぶり。


 殿下は腕を組み、むうと唸る。


「つまり、フランクリン公爵家はサビナ夫人を迎えた頃から悪魔に操られていた可能性があるということか」


「前公爵夫人の馬車強盗殺人も怪しく思えてきますね。結局、捜査打ち切りで真相は闇の中だと聞いています」

 

 セラヴィの発言に王弟殿下はため息で応じた。


「あの事件は先王の時だ。私と陛下は二十歳過ぎ。事件関係の会議はすべて極秘で行われていたが、気にならないわけがない。色々聞き回っていたんだが、会議メンバーの一人が言っていたことがある。クレア公爵夫人と一緒に死んでいたオペラ俳優は、本当にエンディン王国の人間だったのかわからない――とな」


「えっ?」


 驚きに声をあげたが、心の隅では「やはり」という気持ちのほうが大きかった。王弟殿下は苦々しげに頭をかいている。


「あの男がエンディン王国出身だとされたのは、同じ劇団にいた道具係の証言だ。そいつによると、俳優本人がエンディン出身だと話していたらしい。だが、その話を聞いた者はその道具係一人だけで、騒ぎが大きくなると姿を消して、遺体で発見された。被害者のオペラ俳優はエンディン語の読み書きはできなかったという別の証言も後から出てきた。そもそも、クレア前公爵夫人とその俳優の接点は、夫人が数回公演を観に行っただけだ。一度だけ楽屋を訪れたらしいが、公爵も同伴している」


 母の一度の楽屋訪問のために、そのオペラ俳優は巻き添えをくったのかもしれない。そう考えるとやるせない気持ちになる。


「道具係は金銭等の見返りにつられて嘘の証言をしたが、用済みになって殺された?」とセラヴィ。


「その可能性はゼロじゃない。エンディン王国とうちとは繰り返し領海問題で揉めているし、海運関係者や漁業関係者の中にはエンディンへの敵対心を持つ者もいる。だから、事件の第一報を聞いて王宮関係者のほとんどが考えたのは、過激派によるクレア公爵夫人襲撃だった。彼女は元エンディン王国第三王女だからな。先王が直接捜査の指揮をとることになったのも当然のことだ。

 捜査内容は極秘とされ、私も兄も締め出された。それで公表された内容は過激派の「か」の字もない貴族の醜聞だ。そのあと道具係の証言でスパイ疑惑が持ち上がったが、それらは非公式に流出した情報だ。証言の信憑性が失われても公式に否定されることはなく、疑惑は未だにくすぶっている」


 王弟殿下の視線を感じたが私は何を言えばよいのかわからず、セラヴィが「じゃあ」と砕けた口調で会話を継いだ。


「反エンディンの過激派がクレア夫人を襲ったのならライニール側の責任ですよね。もちろんエンディン王室から追及されるでしょう。当時のライニール国王陛下は責任回避のために不貞疑惑をでっちあげて事件自体を矮小化し、さらに、スパイ疑惑でエンディンを悪者にして王室批判をかわそうとした――ということもあり得るかもしれません」


 ああ、と低く嗄れた声で王弟殿下は肯定した。


「だが、それは可能性の話だし、実際どうだったかはわからん。ただ、セラヴィが言ったのと同じ考えを持つ者は、当時の王宮官吏の中に実際にいた。捜査打ち切りによって、そういったあらゆる疑惑と憶測が闇に放り込まれたというのは事実だ」


 手のひらにじっとりと汗が滲み、私はドレスを握りしめた。



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