アンダーヒル邸での密談(5)
もし不貞疑惑もスパイ疑惑も王家のでっち上げだったなら、私が息を潜めて生きなければならなかったのはライニール王家のための犠牲ということ。
私を王族の婚約者にしたのは贖罪のつもりだろうか。
いや、そんなはずがない。
二十一歳という、多くの女性がすでに結婚している年齢まで婚約関係を引き伸ばし、謝罪もなく未来を奪ったのだ。
「殿下、母が半裸で殺されたというのは事実なのでしょうか?」
「男女ともに半裸だったというのは事実のようだ。だが、殺害された後に偽装された可能性もないとは言い切れない」
「その偽装を王室がした可能性もありますよね?」
セラヴィが口を挟むと、「否定できんな」と王弟殿下。
「どこまでが先王による工作なのか、貴族どもは先王を恐れて踏み込むのを避けていた。現国王と違って剛腕な方だったからな。声を上げて真相究明を求めたのはフランクリン公爵だけだった。
だが、そのフランクリン公爵が突然捜査の打ち切りに同意した。違和感を覚えたが、公爵が再婚したという話を聞いて納得したんだ。小さい娘を抱えていたわけだし、再婚を急ぐのはおかしな話じゃない。まあ、その娘と継母との関係は良好ではないようだが、それもよくある話だ」
王弟殿下は容赦ない。
ただ、その突き放し方は嫌な気がしなかった。
「殿下、当時の捜査資料は残っているのでしょうか」
「ないだろうな」と王弟殿下が答える。
出目ちゃんがグラスの縁でくるりと一回転した。
「果菜、酒を飲め。暗い気分のときはそれが一番だ。飲み過ぎはよくないけどな」
勧められるがままに白ワインに口をつける。ミントとレモングラスの爽やかな香りが鼻を抜けていく。ひと息ついて顔を上げると、セラヴィと王弟殿下が頬杖をついて私を観察していた。
「あの……、何か」
「うむ」王弟殿下がくぐもった声を漏らす。
「実は、公女からここまで詳しい話が聞けるとは期待していなかった。豊穣会についてセラヴィに聞いたと言うから、何かしら知っているだろうとは思っていたが」
「殿下も豊穣会のことをご存知だったのですね」
「ああ。貧民救済をしている豊穣会というのがあるという噂を北部でちらほら耳にして、慈善事業にしては少々怪しい感じがしたから調査を進めているところだったんだ。ロードレス信仰と絡んでいるとわかってセラヴィに協力を求めた。建国伝説のことは魔術師に聞くのが一番だからな」
「アンダーヒル侯爵家も関わっているのですか?」
「いや、アンダーヒル家は場所と情報を提供してくれているだけだ」
アンダーヒル侯爵家は、王国南部に領地を持つ名家。南部の商都と言えば王都サヴァ・ライナだが、アンダーヒルは「南部の酒蔵」と呼ばれ、ブドウ栽培と醸造が盛んな場所だ。今飲んでいるワインもアンダーヒル産。
私の知る限り、アンダーヒル家はいかなる派閥にも属すことなく中立を保っていた。レイラ・アンダーヒルがアリシアと懇意にしているという話があったけれど、若い令嬢の派閥は必ずしも家門間の関係を反映したものではないし、レイラはそれを利用して情報収集のために近づいたのだろう。
そのアンダーヒル家が、水面下で王弟と繋がっていた。仮に、アンダーヒルの情報収集が王弟のためだとしたら――。
「アンダーヒル家のメイドは、私の弟子なんです」
セラヴィの言葉で思考が途切れた。
「弟子?」
「はい。公女様がおかしな勘違いをしそうなので、ちゃんと伝えておこうと思って。あの子はアンダーヒル家のメイドの娘だったのですが、私から声をかけて弟子に迎えました。その際にアンダーヒル家にも話を通し、今は協力関係を築いています。フレディ殿下とアンダーヒル家に直接接点があるわけではなく、私を介した繋がりです」
「ラニア公女。もしや謀反でも心配したか」
殿下は笑っているが、腹のうちでは警戒しているはずだ。
「そんなことは考えておりません。ただ、公の場で殿下が特定の貴族と懇意にされていた記憶がなく、不思議に思っただけです」
そもそも、王弟殿下は滅多の社交場に顔を出されない。だからこそ隠れた場で特定の家門と繋がっていることの意味は大きいし、ここでアンダーヒル家との繋がりを否定されたとしてもそれを鵜呑みにはできない。――とはいえ、これ以上踏み込むのは危険。
「ところで、セラヴィは貴族が絡む弟子は面倒だと言っていなかった?」
セラヴィはふっと目元の緊張を緩めた。
「面倒だとは言っていませんよ。魔法を失うリスクが高いというだけで、幼い頃から魔法使いとしての自由な意志と発想力を叩き込み、気持ちが貴族に従属するようなことがなければ魔法使いでいられます。王族の依頼を受ける魔術師は基本そうでなければいけません。そういう人材が欲しくて、あえてあの子を弟子にしたのです」
「セラヴィ自身は庶民の出なの?」
予想外の質問だったらしくセラヴィは顔をこわばらせ、王弟殿下が意味ありげにニヤと笑った。
「貴族出身なのね」
「さあ、どうでしょう。それより話を進めましょう。公女様をお呼びしたのは、王弟殿下から提案があるからです。ですよね、フレディ殿下」
口元に笑みを浮かべたまま殿下は「ああ」とうなずいた。やはり、今夜の呼び出しがきな臭いことに変わりはない。
「九月の聖征記念祭、ウォルトのパートナーとして出席するのはどうかと思ってな」




