アンダーヒル邸での密談(3)
出目ちゃんは王弟殿下の鼻から頭のてっぺんに移動し「この男は〝普通〟だ」と私に報告した。のっぺりでも、ぐるぐるでもないということだろう。
殿下は出目金精霊にはまったく気づかず、軽い口調で話を続ける。
「ウォルトは猫を被っているだけだ。あいつも北ではそこらへんの鉱夫みたいなことをやってるからな。一緒に北部に行きたいと言われた時はどうなることかと心配したが、思っていたよりあいつは図太いし強かだ。レイモンドが王位継承したあかつきにはよく支えてくれるだろうと安心していたのに、まさか本命のレイモンドに失望させられるとはな」
殿下はあえてという様子で数秒沈黙し、値踏みするように私の全身に視線を走らせる。
「ラニア公女は、少し雰囲気が変わったようだ」
「そうでしょうか?」
「ああ。良いほうに変わった。しかし、レイモンドはそなたと逆だ。公女、レイモンドはいつからあのようになった?」
「あのようにとおっしゃられますと……」
「そなたとの婚約を解消したのも突然なら、そなたの異母妹への求婚は舞踏会で出会った翌日だと聞いている。その一週間後に婚約式、さらに半年後に結婚だと? こんなバカげたことがあるか?
レイモンドだけではない。いったい、私のいない間に王宮はどうなってしまったのだ。知っていることがあれば教えてほしい」
ああ、そうだ。
きな臭いのは王宮。
王弟殿下はまともな判断力をお持ちの、貴重な王族かもしれない。
「フレディ殿下、公女様も座らせてあげては?」
「ああ、すまん。気が急いた。セラヴィ、好きな酒を出して来い」
セラヴィは私を殿下の隣のソファーに座らせた。近すぎて断ろうとしたけれど、殿下から「構わん」と言われれば大人しく座るしかなかった。
そのあとセラヴィはワインセラーから白ワインを持ってくると、「口止め料の残金です」と栓を開けてグラスに注ぎ、手品のようにミントとレモングラスを出してポイポイと放り入れる。
フレディ王弟殿下の前には氷と琥珀色の液体が入ったグラスが置かれていた。
ウィスキーの香り。
灰皿には火の消えた葉巻。
部屋には煙草の匂いが充満している。帰ったら着替えたほうがいいかもしれない。
「で、ラニア公女。知っていることはあるか?」
殿下は太い眉の片方を釣り上げる。鉱夫という表現は第二王子殿下よりも王弟殿下のほうが似合っている。
「推測でもよろしいでしょうか?」
「ああ、何でもいい。そなたが王都社交界でもフランクリン公爵家の中でも立場が良くないことは知っている。得られる情報も制限されてきたことだろう。知っている範囲、考えた範囲のことを教えてくれ。そなたは不遇だが馬鹿ではないと思っている」
殿下の眼差しには、アーロン卿から向けられたような同情は感じられなかった。
「では、私の思うところを申し上げます」
私はそう切り出し、婚約者の変更が六年前から決まっていたのではないかという推測と、その根拠について話した。具体的には、私が王室に嫁ぐことはないと確信しているような侍女長の発言、六年前の簡素な婚約式と今回の婚約式の差、そして、レイモンド殿下の私への態度。
「レイモンド殿下が婚約者として果たしてくださったのは、最低限の役割でした。それは誰の目にも明らかだったはずです。もし本当に結婚するおつもりでしたら、違った行動をとられていたのではないかと思います」
「嫉妬か?」
王弟殿下は挑発するように言った。
「その気持ちがまったくないとは言い切れません。ですが、仮にレイモンド殿下の態度が『後に婚約者をアリシアに変更することを前提としたもの』であったなら適切だったと思います。婚約式についても同じです。王弟殿下は私の婚約式には出席されなかったと記憶していますが」
「招待を受けなかったからな」
「招待を受けなかったのは王弟殿下だけではありません。昨日参列した、二百名以上とも言われる貴族の誰一人として、私の婚約式に招待された者はおりません。少年聖歌隊もいませんでしたし、民衆に向けてあいさつすることもありませんでした。両陛下と王太子殿下、私と公爵夫妻、あとは護衛騎士が数名と司祭様だけ。もちろん、イソヒヨドリも現れませんでした。
……殿下、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか」
殿下はカランと氷の音をさせてグラスに口をつけ、顎をしゃくって先をうながした。
「王弟殿下が婚約なさったときは、どんな婚約式が行われたのでしょう。私の婚約式が異例なのか、それとも今回の婚約式が異例なのか」
「……まあ、公女の推測は当たっているだろうな。公女は王族の婚約者として正当な扱いを受けていないし、遅かれ早かれそなたとレイモンドとの婚約は破棄されるだろうと思っていた。しかし、アリシア公女の社交界デビュー後があまりに強引で拙速だ」
「洗脳のせいだぞ」
出目ちゃんが会話に割り込み、私は隣の魔術師を見た。警戒心を滲ませた眼差しが出目ちゃんから私へと移る。
「どうした、セラヴィ」
「王子は洗脳されてる。かなりマズい状態だぞ」
「誰に?」
セラヴィは殿下の問いかけを無視して出目ちゃんに聞いた。




