アンダーヒル邸での密談(2)
「先に行ってる」
出目ちゃんは扉目がけて勢いよく飛び込んでいった。隣でミントがクスクスと肩を揺らして笑っている。
「かわいいファミリアですね」
「やっぱりファミリアなの? 一緒に歌ったのは、たぶん出目ちゃんが生きてた時よ?」
「ファミリアとの関係は契約というより信頼です。公女様とデミュチューンの信頼関係が金魚を精霊にし、生まれ変わってもファミリアとして呼び寄せたんでしょう。そうそう、ファミリアの束縛は禁忌ですから気をつけてください。対等と尊重。それが失われれば関係は終わりです」
階段が終わると、凝った装飾の施された重厚な扉がある。ミントがノックもせず引き開けようとするのを、私は「待って」と止めた。
「最後にもうひとつ。アリシアに〝マナ〟があっても出目ちゃんが見えなかったのは魔女ではないから?」
「そうでしょうね。あれだけのマナを宿していれば魔法使いが声をかけて弟子にしようとするものですが、社交デビュー前の貴族令嬢と魔法使いが接触する機会はほぼありません」
「でも、昨日の婚約式で彼女は多くの人の目に触れたわ。弟子にしようとする魔法使いが現われるんじゃない?」
「可能性がないわけではありませんが、たいていの魔法使いは避けるでしょう。彼女はすでに王太子妃となることが確実。弟子にするにしても王室の許可を得る必要があります。となると、結果的に王室に従属するような状態になり、魔法使い自身が魔法を失う可能性が高い。そんな危険を冒してまでアリシア公女に魔法を教えたい人はいないはずです。貴族出身の魔法使いが極端に少ない理由も同じです」
あの小説では主人公だけが魔法使いだったのに、現実世界の魔法使いにはいろいろな事情がありそうだ。不思議なのは、小説では大魔道士イマヘラが魔法を使うとき歌ではなく呪文を唱えていたこと。あの呪文にはメロディーがあったのだろうか。
「そこにいるのだろう?」
扉の向こうから声がした。低く、少しかすれた声は王弟殿下のものだ。ミントは肩をすくめ、「待ちくたびれてるみたいだ」とノックもなく扉を開ける。部屋には大きな楕円のテーブルといくつかのソファーが置かれ、十二、三人ほど入れそうな広さがあった。ガラス棚にはアルコール類が揃っており、奥には書棚。
「遅かったな、セラヴィ」
フレディ王弟殿下は最奥のソファーで肘置きに頬杖をつき、足を組んで、眼光鋭く私を見ていた。その鼻の上に出目ちゃんが乗ってピエロのような姿になっているため、直視したら吹き出してしまいそうだ。
どうやら、セラヴィというのがミントの本当の名前らしいけど――と考えていると、「魔術師名です」と本人が私を見て言う。聞いていた殿下がニヤッと口の片端を上げた。
「そういえば、ミントだったか? かわいらしい偽名を使っていたな。勝手にバラしてすまん」
「かまいませんよ。そろそろ明かすつもりでした」
「フランクリン公爵令嬢、こんな時間に呼び出してすまないな」
「とんでもございません。お目にかかれて光栄です」
カーテシーをすると、殿下は「堅苦しいあいさつはいい」と鷹揚な態度でパッパと手を払った。
「北部に慣れてしまうと、王都の、特に王宮の格式張った態度がむず痒くてしょうがない」
「ウォルト殿下はそんなご様子はありませんでしたよ。王子らしい気品を備えておいでです」とセラヴィ。
ウォルト殿下とは、ウォルト・ブラッドリー・ライニール第二王子殿下。婚約式でイソヒヨドリを肩に乗せた彼だ。あの時のイマヘラの加護を思わせる演出は王弟殿下がセラヴィに頼んだ可能性が高く、そう考えると、この面談にはきな臭い匂いしかしない。




