アンダーヒル邸での密談(1)
私たちを降ろすと、パランは用事は済んだとばかりにスウッと姿を消した。たてがみだった場所に出目金が浮かんでいる。
「パランが見えなくなったけど、いるの?」
「いるぞ」と出目ちゃん。
「公女様とパランとの契約が反故になったわけではないのでご心配なく。必要があれば姿を見せますし、会いたくなったら彼の名を呼んでみてください。ただし、彼の機嫌を損ねたら現れないかもしれません」
「魔法使いには精霊が見えるのよね? アンダーヒル侯爵家のメイドは、契約もしていない出目ちゃんが見えたのだから」
「向かいながら話しましょう。パランはここで見張りを」
ミントはポケットから出した鍵で扉を開け、そこにあったのは地下へと続く階段。設置されたランプには火が灯されているが、緩やかに左方向に曲がっていて先は見えない。
「足元に気をつけてください」
扉を閉め、ミントは私の手をとって階段を下りはじめた。そして、先ほどの質問とは関係のない話をする。
「ライニール王国建国後、魔法使いは王室から研究費が得られるようになったのですが、それによって『魔法とは何か』という根源的な問いについて研究する魔術師たちが現れました。その研究資料は魔術師に共有されているのですが、魔法について有力視されている説のひとつが、『人間はみな多かれ少なかれ〝魔法の元になるエネルギー〟を持っており、魔法使いはそのエネルギーを利用して魔法を使う』というものです。この〝魔法の元になるエネルギー〟を、魔術師は〝マナ〟と呼んでいます。先日話したように、魔法使いによってマナをどう知覚するかは様々で、マナを客観的に数値化する方法はまだ見つかっていません。魔法研究はまだまだ何もわかっていないというのが現実です」
「それなら、感覚的に魔法を使ってるということ?」
「そういうことです。感覚を掴めなければマナがあっても魔法使いにはなれませんが、ラニア公女様は素質があります。パランがあなたの歌に応えたのがその証拠です。歌は魔法の基本。公女様とデミュチューンも歌で繋がったはずです」
「歌?」
首をかしげる私とは対照的に、出目ちゃんは「歌か!」と曲芸のようにくるくる縦回転した。
「果菜とはよく一緒に歌ったぞ。これだ!」
調子良くハミングしたのは三分間料理番組のテーマ曲。ミントは「やはりファミリアですね」と満足そうにしていたが、私はなんとも複雑な気分だった。酔っ払いながら口ずさんだあのメロディーでファミリア契約が成立するなんて。
「魔法を使うのも、精霊と契約するのも歌ということ?」
「基本はそうです。魔法使いは師弟関係を結び、歌を習います。歌によってマナを操り、自然の法則に干渉し、魔法を生み出すんです。精霊も自然の一部ですが、精霊は意思を持った自然。火や水を操ったりする魔法よりも、精霊の関わる魔法にはエネルギー、つまりマナが必要になります。召喚を試みる時は特に。ただし、友好関係を築けば精霊のほうから協力してくれるので、パランに関して私がマナを使うことはほとんどありません。公女様も同じ状態だと思います」
「それで、最初にした質問の答えは? 魔法使いには精霊が見えるの?」
「マナの多い魔法使いほど精霊力の大きい精霊を見ることができるとされています。メイドの格好をしていたあの魔女にパランは見えません。見たければ、先ほど公女様がしたように歌で精霊に許可を求めます。ちなみに、精霊の力は精霊の見かけの大きさに比例すると言われています」
「それなら、出目ちゃんの力はパランに比べてずいぶん小さいのね」
「おそらく」
出目ちゃんが機嫌を損ねるかと思ったけれど、気にする様子もなく鼻歌を歌いながら階段下へと泳いでいく。少しずつ明るさが増し、階段の終わりに扉が見えた。




