秘密の誘い(4)
不思議な心地良さのあるメロディー。素人が歌うには簡単ではないけれど、ものすごく難しいというわけでもない。違和感があるようでいて、何か心に引っかかる。ミントは同じメロディーをもう一度繰り返して歌い、三度目に「さあ一緒に」と指揮するように指を振った。
私は戸惑いながらアーと声を出す。まるで音楽の授業だ。
「公女様、声が小さいです。空に向かって、宇宙に響かせるように」
「誰かに聞かれるわ」
「聞かれません。私のファミリアが応えていますから、さあ、もう一度」
言われた通り空に向けて声を出すと、体の奥から透明な風がふわっと放たれた感覚があった。
闇にライオンのホログラムのようなものが浮かび上がり、そのライオンは礼儀正しくお辞儀をする。そして、鼻先で私の額をコツンと突いた。すると、ホログラムが実態のある白いライオンに変わる。
「紹介しましょう。私のファミリア、獅子精霊のパランです。では、時間も押していますから早速向かいましょう」
パランはいつの間にか外にいた。ミントはヒョイと窓から飛び降りてファミリアの背にまたがり、「どうぞ」とこちらに手を差し出す。私は窓枠に足をかけ、窓から身を乗り出して下を見た。ちょうど、オニユリが群生した場所の真上。
「心配しなくても落ちませんよ。パランを信じてください」
ミントの手をつかんだ時、ふわっと下から風が吹いて体が宙に浮き、キャッと声をあげた。繋いだ手を引き寄せられ、思わずミントにしがみつく。
「もう大丈夫ですよ」
おしりに柔らかな感触。そっと目を開けると、私はパランの背に横座りしていた。出目ちゃんはたてがみに埋もれている。
「公女様、せっかくですから夜景を満喫されては?」
すでに、公爵邸の屋根はずうっと下の方にあった。街に筋を描くガス灯の明かりは、婚約式のパレードが行われた大通り。明るく輝くのは王宮と、遊興施設が密集した繁華街。まるで、〈あの小説〉の主人公ラニアが公爵邸を抜け出した場面のようだ。
「王宮に向かうわけじゃないわよね?」
「ええ。私だけならまだしも、外部の人間を連れて入って見つかりでもしたら大変です。行き先は公女様も行ったことがある場所ですよ」
「もしかしてアンダーヒル侯爵家?」
正解です、とミントは満足そうにうなずく。
パランは下降し始める。
視界の右下方向、ぼんやりとかすかなガス灯の明かりに照らされているのはサヴァ・ライナ・イマヘラ大聖堂。
大聖堂前の広場は昼間にはずいぶん賑わっているらしいけれど、夜間は封鎖されているらしく眠ったように闇に包まれている。
じきに通りの灯もまばらになり、向かう先に少し明るく見えるのがアンダーヒル侯爵邸の門灯のようだった。
門の前には警備兵が四人。頭上を通り過ぎた私たちにはまったく気づいていない。
そういえば、〈あの小説〉でもそうだった。獅子精霊はその力で契約者の姿を隠すことができる。しかし、
「ねえ、私はパランが見えてるし触れるけど、契約したわけではないのよね?」
「さっき契約したでしょう。一緒に歌って、パランが答えたのだから」
「あれが契約?」
「ええ。とはいえ、ファミリア契約とはまったく違います。今回のは対等な契約というより、公女様が許可申請してパランが応じ、公女様に姿を見せることと触ることを許しただけ。パランの気が変わればすぐ破棄されます。でも、精霊が普通の人間に姿を見せるだけでもすごいことなんですよ。レイラはまだパランを見たことがないから、公女様がパランに乗ったと知ったら悔しがるでしょうね」
聞きたいことは色々あったけれど、空中散歩はそろそろ終わり。パランは侯爵邸の離れのような小さな建物の陰に着地した。




