秘密の誘い(3)
窓の外には、以前と同じ濃紺のマントを羽織ってミントが立っていた。鍵を開けると遠慮なく部屋に入ってくる。
「公女様は眠っていたみたいですね。窓は開けておいてって書いてあったはずなのに」
「眠っても気づくようにここにいたじゃない」
「若い貴族はまだ騒いでる時刻ですよ。アリシア公女様もまだお戻りではないでしょう?」
「さあ、知らないわ」
ベランダに顔を出して東棟を確認すると、アリシアの部屋に明かりはなかった。眠っている可能性もあるが、「アリシア公女は王宮ですよ」とミントが言った。「公女様」ではなく「公女」と、「様」を省いたのが意図的かどうかわからない。ただ、アリシアへの評価は低くなっているようだ。
「あなた王宮にいたの?」
「いえ、王弟殿下からお聞きしたんです。レイモンド殿下が貴族の子息や令嬢を十四、五人ほど集めて、親交を深めるための晩餐会を開かれたとか」
「第二王子殿下もご出席を?」
「ええ。王弟殿下も最初に顔だけ出してあいさつなさったそうです。さて、立ち話でフレディ殿下をお待たせするわけにいきませんから、そろそろ出かけましょう。先日と同じように書斎から」
「私もそこから?」
ミントは答える代わりにニッと笑った。
「出目ちゃんも連れて行っていい?」
ソファーを確認すると、出目金は来訪者に気づかず眠りこけている。魔女が来るまで起きてると、あんなに意気込んでいたのに。
「ぜひデミュチューンもご一緒に」
「そう言われるとむしろ怪しく感じるのだけど」
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。起きてください、デミュチューン」
ミントが私を無視して声をかけると、出目金がヒョコッと飛び起きた。
「来たのか、ユイユイ!」
「ユイユイ?」
絶対寝ぼけている。
「あなたの前世の名前だそうです」私は出目ちゃんが余計なことを言わないうちに先に口にした。
「出目ちゃんには、その人の前世がわかることがあるみたいで、私をカナと呼ぶのもそのせいらしいわ。私の前世はカナという名前だったらしくて」
私自身は前世を知らず、出目ちゃんだけが知っていることにするのは悪くない気がした。ミントが信じたかどうかはわからないけれど、興味をそそられたのは間違いない。
「精霊との契約は魂が同じなら生まれ変わっても継続される、という話を聞いたことがあります。実際にそういう体験をした精霊とは会ったことがありませんが」
ミントは途中で言葉を切り、向かいながら話しましょうと扉を開けて通路に出た。私は出目ちゃんと一緒にその後を追う。
「公女様は以前、デミュチューンは昔飼っていた金魚だとおっしゃっていましたよね?」
「――あ、あれは出目ちゃんがそう言っていたの。〝果菜〟が出目ちゃんを飼っていたらしくて。私の前に現れたのは先日の舞踏会の途中。休憩室で休んでいる時よ」
「なるほど。ということは、デミュチューンは前世から公女様のファミリアだったのかもしれませんね。おふたりともその認識はないようですが、知らず契約を結んでいたのでしょう」
「そんなことがあり得るの?」
「ごくまれに。しかし、ユイユイだなんて変わった名前は聞いたことがありません。カナもおかしな名前です」
「孤高の魔女カナカナと、その魔女友ユイユイだ。ふたりでベロベロに酔っ払っていた」
ミントは目をしばたかせ、私を見る。笑いを我慢するように肩を揺らしていたけれど、書斎に入って扉を閉めると腹を抱えて笑い出した。
「……ふっ、ハハッ、まさかラニア公女様とそんな縁があるとは」
「信じるんですか?」
「公女様はどうなのです?」
ミントはにわかに真面目な顔つきになる。どう答えるのが正解だろうと迷っていると、ミントはひょいっと机を飛び越えて窓を開けた。
「公女様、大事なのは今ここで起きていること、あなたの目の前にあるものです。輪廻転生を否定する気はまったくありませんし、むしろそれは自然なことではと私は考えています。しかし、仮に前世の記憶があったとして、その記憶が本当にあったことかどうか、どうやって確かめることができるでしょう」
「ぼくの言葉を疑うのか?」
ご立腹の出目ちゃんは、ミントを睨んだあと「おまえも疑うのか」と外を見た。どうやら獅子精霊がいるようだ。
「疑っているのではありません。ただ、記憶はそう正確なものではありません。今生の、生まれてから今までの出来事を、ラニア公女様は正確に覚えていますか? 記憶違いがまったくないと言い切れますか? 仮に前世の記憶を得たとしても同じことが言えます。
なにより、過去にとらわれては、公女様は良くても私は困るのです。そういった執着は魔法を失わせますから。さあ、公女様、私について歌ってください」
「えっ?」
問い返す間もなく、ミントは「ア」の一音だけで短いメロディーを歌い上げた。透き通った、氷原の風のような声だった。




