秘密の誘い(2)
レイラ・アンダーヒルが使用する印章を使い、ミントの名前でフランクリン家のメイド(それも別棟のメイド)に預けて手紙を寄越したフレディ・エス・ライニール王弟殿下。
このことだけで三者が密かに関わりを持っていることは間違いなかった。署名が本物かどうかは私に判断しようがないけれど、礼拝堂でミントは王弟殿下との関わりを匂わせる発言をしている。それを踏まえると本物と考えるべきだろう。
手紙に書かれた内容は『ライニール王室及びフランクリン公爵家に知られることなく面会したい』というものだ。しかも、人々が寝静まった真夜中に迎えを寄越すという。これは要請ではなく、命令だった。その証拠に、私の返答は一切求めていない。
『今夜、日付が変わった深夜二時にベランダの鍵を開けるように』
これだけで誰が迎えに来るのか明らかだ。
時計を見ると午後六時を回ったところ。日は暮れかかっており、これから夕食をとって、軽く仮眠して――と頭の中で予定を立てていると、出目ちゃんが存在を主張するように目の前にやってきた。
「誰からの手紙なんだ? あっ、ちょっと待て、当ててやる」
ライニール語が読めないくせに、便箋の文字とにらめっこする。そして「王子か?」と振り返った。
「どうしてそう思うの?」
「ここは『ライニール』と書いてあるんじゃないのか?」
「へえ、すごい。でもハズレ。ライニールはあってるけど、レイモンド・アルビオン・ライニール王太子殿下じゃなくて、フレディ・エス・ライニール王弟殿下よ。婚約式で私たちと同じ最前列に並んでた、体の大きな男性」
王弟殿下の体格がいいのは昔からだ。北部で一体何をしているのか、第二王子殿下もずいぶん身長が伸びて肩幅も広くなっていた。レイモンド殿下とは三歳違いだが、もう並んでも引けはとらない。
出目ちゃんは「それで」と説明の続きを催促し、私が手紙の内容をかいつまんで話すと目を輝かせた。
「魔女が迎えに来るのか? じゃあ、あいつがユイユイかどうか確かめられるな!」
ユイユイ――本名は雨島唯。
彼女は果菜よりふたつ年下で、博識で、眼鏡美人で、保科主任とは相性が良くなかった。ふたりは表立って対立していたわけではないし、ライバル視しているわけでもなく、ただ互いに関わらないようにしていた。
ユイユイは仕事を辞めたけれど、保科主任が原因ではなく「ブラック企業だと執筆時間がとれないので」ということだった。
私はとりわけ彼女と仲が良かったわけではない。果菜のマンションでふたりしてベロベロに酔っ払ったのは一回だけ。それまでは彼女を真面目な有能女子としか思っていたし、ラノベを出版してるなんて想像もしていなかった。
「出目ちゃん、言っておくけど『あなたはユイユイですか』って直接聞くつもりはないわよ。もし前世の記憶がなかったら私が怪しまれるだけだし、よく考えると覚えてない可能性が高いのよね」
「どうしてだ?」
「ミントはアリシアが悪魔だとは考えてなかった。ユイユイは〈あの小説〉の作者だから、ミントにユイユイの記憶があるなら悪魔だと知っているはずだわ。それどころか、アリシアを魔女だと思ってたみたいなのよね。彼女からマナを感じるらしくて、胸のあたりが光ってる感じがするんですって」
「胸? のっぺりしてるのは頭だから、ぼくが見てるのとは別ものだ」
出目ちゃんにはだいたいすべて話したと思っていたけれど、こうしてたまに説明しそびれていたことを思い出す。魔術師にはマナが見える場合とそうでない場合があり、感知の仕方も魔術師によって違うようだと説明すると、出目ちゃんはいつものようにくるくる回転しはじめた。
私は通路に行ってベルを鳴らし、小走りに階段を上ってくるメイドを扉の前で待ち受けて、夕食を持ってくるよう命じる。しばらくして運ばれてきたのは、数日前まで食べていた野菜がいくらか入った味のしない麦粥。
公爵に食事量の改善をお願いしてから今朝まで、麦粥にはベーコンや鶏肉が入っていた。しかし、どうやらそれも終わりらしい。量が増えたままなのが救いだ。
仮眠を取ろうとしたが王族に会うと思うと落ち着かず、椅子をベランダ側の窓の近くに運んで座り、うつらうつらしているとガラスを叩く音で目が覚めた。




